社内でパワハラが発生した場合、従業員が労基署へ相談に行ったらどうなるのでしょうか?
今回は、パワハラ相談に対する労基署の対応や、従業員が労基署へ駈け込んだ場合に会社がとるべき対応などついて、弁護士がくわしく解説します。
目次
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労基署(労働基準監督署)とは
労基署は、労働基準監督署の略称であり、厚生労働省が所轄しています。※1
労基署は全国に321署存在し、各労基署はおおむね次の組織で構成されています。
- 「方面」(監督課):労働基準法などの関係法令に関する各種届出の受付や、相談対応、監督指導を行う
- 「安全衛生課」:機械や設備の設置に係る届出の審査や、職場の安全や健康の確保に関する技術的な指導を行う
- 「労災課」:仕事に関する負傷などに対する労災保険給付などを行う
- 「業務課」:会計処理などを行う
労基署は、主に労働基準法違反をした企業への監督指導などを行う組織であると考えておけばよいでしょう。
労基署と労働局との違い
労基署と似た組織に、「労働局」が存在します。
労働局は各都道府県に設置されており、労基署の上部組織に該当します。
労働局では「総合労働相談コーナー」を設けており、労働基準法違反となる内容のみならず、パワハラやいじめ、嫌がらせ、セクシャルハラスメントなど、職場にまつわるあらゆる相談をすることが可能です。※2
また、労働局長による助言・指導制度や紛争調整委員会によるあっせん制度により、労働にまつわる問題の早期解決を支援しています。
これらについては、後ほど解説します。
なお、一般に「労基署に相談する」という場合、正確にはこの「総合労働相談コーナー」を利用しているケースが大半と思われますが、本記事では一般的な表現にならって「労基署に相談」としています。
従業員がパワハラを労基署に相談する主な理由
社内でパワハラが発生した場合、従業員が労基署に相談をする場合があります。
では、なぜ会社へ相談するのではなく、労基署へ相談する従業員がいるのでしょうか?
考えられる主な理由は、次のとおりです。
労基署ならどのような労働トラブルも解決できると誤解しているから
後ほど解説するように、労基署は労働にまつわるトラブルについて何でも解決してくれる機関ではありません。
しかし、労働に関連して起きたトラブルは、すべて労基署に相談すればよいと考えている従業員も少なくないでしょう。
また、なんとなく会社が労基署を恐れているとのイメージを持っており、「労基署に相談する」といえば、会社に対して優位に立てると考えている場合もあります。
会社にパワハラを相談したが取り合ってもらえなかったから
パワハラについて先に会社に相談したにもかかわらず、まともに取り合ってもらえなかった場合や、会社に相談をしたことで不利な状況に追い込まれた場合などに、労基署へ相談するケースがあります。
また、そもそも会社にパワハラについての相談窓口がなく、誰に相談すればよいかわからない場合も少なくないでしょう。
会社にパワハラを相談しても解決しないと考えているから
パワハラをしている人が勤務先企業の役員である場合や、会社ぐるみでパワハラが行われている場合、社内でパワハラが横行している場合などには、会社へ相談をしても無駄であると感じている可能性があります。
従業員が会社へ相談しても解決する見込みが薄いと考えている場合には、はじめから労基署に相談する可能性が高いでしょう。
労基署はパワハラ問題へどこまで介入する?
従業員がパワハラ問題について労基署へ相談した場合、労基署はパワハラに対してどこまで介入するのでしょうか?
なお、先に説明したとおり、労基署が直接パワハラの相談を受け付けているわけではありませんので、ここでは、都道府県の労働局に設置されている「総合労働相談コーナー」に相談した場合における一般的なケースをもとに解説します。
社内解決が可能かどうか相談者へヒアリングする
総合労働相談コーナーでパワハラについて相談した場合には、まず社内での解決が可能そうかどうか、相談者へヒアリングがなされます。
ヒアリングされる内容は、受けたパワハラの内容や受けた損害のほか、会社へ相談したかどうかといったことや、会社がどのように対応をしたのかといったことなどです。
状況によっては、ヒアリングした内容について、労基署から会社へ問い合わせが入る場合もあります。
あっせんや助言・指導の利用を案内する
ヒアリングの結果、当事者同士のみでの解決が難しいと判断された場合には、紛争調整委員会によるあっせんや労働局長による助言・指導制度などの利用が案内されます。
それぞれの内容は、次のとおりです。
- 紛争調整委員会によるあっせん:都道府県の労働委員会が双方の意見を聞き、話し合いを仲裁する手続き ※3
- 労働局長による助言・指導:都道府県労働局長が労働紛争の問題点を指摘して解決の方向を示すことにより、紛争当事者が自主的に紛争を解決することを促す制度 ※4
いずれも当事者同士で話し合って問題を解決する制度であり、労基署が強制的に指導をしたり、会社や加害者などへ罰則を科したりする制度ではありません。
また、あっせんや助言・指導の対象となる紛争の範囲は、労働条件その他労働関係に関する事項についての個別労働紛争です。すなわち、すべての労働紛争が対象となるわけではなく、労働者同士の紛争などは対象ではありません。
労働基準法違反があれば是正指導をする
会社側に労働基準法違反があれば、労基署から会社に対して是正勧告がなされます。
たとえば、会社が残業代を支払っていない場合や、不当解雇があった場合、労災隠し(故意に労働者死傷病報告を提出しないことや虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出すること)があった場合などです。
慰謝料請求など民事への介入はしない
パワハラでは、加害者や会社に対する慰謝料請求が検討される場合が多いかと思います。
しかし、労基署は慰謝料請求など、民事の問題への介入はしません。
そのため、たとえば会社へ労基署から「慰謝料を支払うように」などと指導がされることはありません。
従業員にパワハラで労基署へ駈け込まれないために
従業員が労基署にパワハラの相談をしたとしても、労基署にできる対応はほとんどありません。
しかし、労基署から問い合わせの電話が入るなど、会社として対応する必要が生じる可能性はあるでしょう。
また、紛争調整委員会によるあっせんや労働局長による助言・指導などの手続きが開始されれば、さらに対応時間を要してしまいます。
では、そもそも従業員が労基署に駈け込むような事態を招かないために、どのような対策を講じればよいのでしょうか?
会社が講じておくべき主な対策は、次のとおりです。
社内にパワハラの相談窓口を設置する
万が一社内でパワハラが生じた場合に備え、社内にパワハラの相談窓口を設置し、社内へ周知しましょう。
これは、改正された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略称「労働施策総合推進法」、通称「パワハラ防止法」)でも要請されている内容です。
社内に相談窓口があることで、パワハラや疑わしい事例が発生した場合に、労基署ではなく、まずは社内の窓口へ相談してもらいやすくなります。
また、社内にパワハラの相談窓口を設置することで、会社がパワハラ防止へ取り組む姿勢が伝わるため、パワハラの抑止力としての効果も期待できるでしょう。
相談者に不利益取り扱いをしない旨を周知する
パワハラの相談窓口を設置したら、パワハラについて相談した人に対して不利な取り扱いをしないよう周知徹底しましょう。
これも、先ほど紹介したパワハラ防止法で明記されている内容です。
相談者を本人が望まない部署へ配置転換させたり、自宅待機を命じたりするなど不利な取り扱いをした場合には、相談者から配置転換などの無効や損害賠償を請求される可能性があります。
小さなパワハラ相談へも真摯に対応する
パワハラについて相談を受けたら、たとえ小さな問題に見えた場合であっても、早期に真摯な対応を行いましょう。
実際にはパワハラとまではいえない相談内容であったとしても、被害者が苦痛を感じている以上、会社が対処しなければ労基署など外部へ相談に行く可能性が高くなるためです。
また、放置してパワハラが悪化したり長期化したりしてしまえば、会社側の責任が重くなってしまいかねません。
パワハラに該当しかねない言動を放置することで、社内にパワハラが蔓延して社内の雰囲気が悪化するリスクもあります。
定期的にパワハラ研修を行う
従業員がパワハラを理由に労基署へ駈け込むことを防ぐための最大の対策は、そもそも社内でのパワハラ発生を防ぐことです。
パワハラについては、まだまだ誤解も少なくありません。
パワハラであるとの自覚がないまま、従業員がパワハラをしてしまうケースもあるかと思います。
反対に、パワハラに該当することを恐れるがあまり、必要な指導までを控えてしまうケースもあるでしょう。
このような事態を避けるためには、定期的にパワハラ研修を行うなどして、どのような行為がパワハラに該当するのか正しく周知することが有効です。
研修講師は社内で募ることも一つの手ですが、可能であれば弁護士など外部の専門家へ依頼することをおすすめします。
専門家へ講師を依頼することで、パワハラに関する最新の事例を知ることができるためです。
従業員が労基署にパワハラ被害を訴えた場合の対応法
従業員がパワハラを労基署に相談した場合、会社としてはどのように対応すればよいのでしょうか?
主な対応方法は、次のとおりです。
早期に弁護士へ相談する
従業員がパワハラを労基署に相談したことがわかった場合には、早期に弁護士へ相談しましょう。
先ほど解説したように、労基署が直接パワハラ問題へ介入することは、原則としてありません。
ただし、パワハラに関する相談をきっかけとして残業代不払いなど労働基準法上の問題が発覚すれば、労基署から指導がなされる可能性があります。
また、相談の結果「労基署では慰謝料請求など民事対応ができない」と知った従業員が、その後弁護士への相談など次の手段を講じる可能性もあるでしょう。
対応が後手にまわってしまうと、会社にとって不利な状況となりかねません。
そのため、早期に弁護士へ相談したうえで必要な事実確認を行い、その後の対策を練っておくことをおすすめします。
労基署には虚偽なく誠実に対応する
従業員がパワハラについて労基署へ相談すると、労基署から会社へ問い合わせが入る場合があります。
問い合わせがあった場合には、誠実に事実を回答しましょう。
なお、通常は単なる事実確認であり、会社への処分や指導を前提とするものではありません。
また、労基署から慰謝料などを支払うよう要請されることもありません。
その場で労基署へ回答することに不安があれば、弁護士へ対応方法を確認したうえで改めて回答するとよいでしょう。
労基署へ相談した従業員へ不利益な取り扱いをしない
従業員がパワハラについて労基署へ相談したことを理由として、その従業員に対して不利益な取り扱いをすることは禁止されています。
不利益な取り扱いとは、たとえば労基署へ相談した従業員を解雇したり、望まない配置転換や出社停止を命じたりすることなどです。
不利な取り扱いをしてしまうと、労働基準法の規定により6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処される可能性があります。
また、相談者から損害賠償請求などがなされる可能性もあるでしょう。
まとめ
労基署は企業の労働基準法違反を監督指導により是正する機関であり、パワハラ問題へ直接介入することはほとんどありません。
しかし、仮にパワハラについて従業員が労基署へ駈け込んだ場合には、企業としてはその事実を重く受け止め、誠実に対応するようにしましょう。
また、あらかじめパワハラ防止策を社内で講じておくことも重要です。
企業においてパワハラ防止策を講じたい場合や、従業員がパワハラを労基署へ相談してお困りの場合などには、Authense法律事務所までお早めにご相談ください。
Authense法律事務所にはパワハラなど労使問題にくわしい弁護士が多数在籍しており、多くの問題を解決へと導いております。