Case05
企業法務

上場という出口を、
あえて選ばない

——飲食グループの大型M&Aが示した、
前向きなファンド活用

企業が成長の果てに迎える「出口」といえば、IPO(上場)か、売却か。
長らく、その二つが常識とされてきた。だが、Authense法律事務所の弁護士統括・西尾公伸が売り手側の法務を担った、ある国内大手飲食グループのM&Aは、その常識を軽やかに飛び越えていた。
「上場はできる。でも、今はしない」——。
より大きな未来のために、あえてファンドの力を借りる。前向きなファンド活用の、新しいロールモデルである。

「上場できる、でもしない」という新しい選択

企業が成長の末に迎える「出口」といえば、長らく二つの道が常識とされてきた。株式を上場するIPOか、あるいは会社を売却するか。前者には、上場後の株式売却を制限するロックアップなどの制約があり、後者は、キャッシュを得てそこで一区切り——というのが、これまでの定石だった。

売却すれば、育ててきた会社の主導権を手放すことになりかねない。上場すれば、四半期ごとの数字に追われ、長期を見据えた大胆な投資はしづらくなる。どちらを選んでも、何かを諦めなければならない。それが、これまでの「出口」が抱える宿命だった。

ところが、Authense法律事務所の弁護士統括・西尾公伸が、売り手側の法務アドバイザーとして携わったある国内大手飲食グループのM&Aは、その定石を軽やかに飛び越えていた。

「上場もできる。するつもりもある。でも、今じゃない。そういう選択だったんです」

IPOが十分に視野に入っていた優良企業が、あえていったんPE(プライベートエクイティ)ファンドの力を借りる。さらなるバリューアップと、世界への展開を見据えてのことだった。市場環境やタイミングを冷静に見極めたうえでの、戦略的な「回り道」である。これは単なる資金調達ではない。日本で育った飲食ブランドが、世界の舞台へと打って出るための、力強い助走だった。

ファンドが登場するM&Aは、ともすればネガティブな文脈で語られがちだ。上場を維持するコストに耐えきれず、非上場化の受け皿としてファンドに頼る——そんなケースも、決して少なくない。業績が振るわず、やむなく身を委ねる。そこには、どこか後ろ向きな匂いがつきまといがちだ。だが、この案件はまるで逆だった。

「ファンドの力を『掛け算』で取り込む。時間軸を延ばして、改めてもっと大きなジャンプを作れるぞ、と。本当に美しいスキームだと思いました」

西尾弁護士がとりわけ惹かれたのは、この取引が、誰か一人の「勝利」では終わらない点だった。売り手も、買い手も、そして社員も——関わる全員が、同じ未来を分かち合える。

「関わる全員にとって良い形なんです。誰かが得をして、誰かが損をするのではない。みんなで、もっと大きなホップ・ステップ・ジャンプを描けるようになる」

西尾が「美しい」と評するのには、理由がある。この取引では、創業者や社員が売却によるリターンをいったん手にしながらも、引き続き経営に深く関与し、ストックオプションなどによる将来のインセンティブも維持する、という高度な設計が採られていた。

売って終わりでも、上場の制約に縛られるのでもない。関わる人すべてが報われ、なお大きな未来を目指せる。税務の面でも、法務の面でも、ステークホルダー全員にとって幸福な着地点だった。

立場の異なる関係者が、それぞれに利益を得ながら、なお同じ方向を向く。言葉にすれば簡単だが、現実の取引で全員が勝者になれる着地点を見つけ出すのは、決して容易ではない。

「普通なら、売却したらキャッシュを得て終わり。上場すれば、ロックアップで株もすぐには売れない。その『いいとこ取り』ができている。これは、新しいスタンダードになり得ると思います」

西尾のチームが担ったのは、この精緻なスキームを、契約という現実の形へと——法務ドキュメンテーションの面から具現化することだった。関係者が多く、利害が複雑に絡み合う大型のM&Aでは、ひとつの条項の文言が、後の数億円を左右することもある。税務と法務が緻密に絡み合うこのスキームを、西尾のチームは、一分の隙もない契約へと結晶させていった。

絵に描いた理想を、一字一句の揺るぎない合意へと落とし込む。日本発の飲食ブランドが世界へ羽ばたいていく、その歴史的なターニングポイントを、西尾は、法務の側から確かに支えた。

担当弁護士Attorney-at-law

西尾 公伸Akinobu Nishio

弁護士 / 企業法務

中央大学法学部法律学科卒業、大阪市立大学法科大学院修了。法律事務所オーセンス入所から、ベンチャー法務を担当し、現在では、HRTech(HRテック)ベンチャー法務、芸能・エンタメ・インフルエンサー法務、スポーツ団体法務等を中心に担当。上場企業をはじめとした日本国内外に成長を求める企業のM&A支援にも積極的に取り組む。