大家が負担すべき損傷や入居者に負担させることができる損傷を国土交通省のガイドラインに沿って解説します。
入居者が原状回復費用を支払わない場合の対処法についても紹介します。
原状回復義務とは、賃貸物件を返却する際に、元通りに戻して返却する義務のことです。
目次
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原状回復義務とは
原状回復義務とは、借りたものを元の状態に戻して返却する義務のことです。
特に、不動産賃貸についての原状回復義務について、どこまでを入居者に負担させることができるのかといった点で問題となるケースが少なくありません。
たとえば、通常の生活をする過程で色あせた壁紙や畳の張替え、通常の家具を置いたことによる床のへこみの補修までを入居者に負担させることができるのかどうかといったことなどです。
原状回復についてはトラブルが絶えなかったことから、2020年4月1日に施行された改正民法により、原状回復の対象が次のとおり明確化されました。
「賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)」
改正後は、この基準とのちほど紹介する国土交通省のガイドラインを参考として、原状回復義務の範囲を検討していくこととなります。
原状回復義務の判断は契約とガイドラインを参考にする
原状回復義務を入居者に負わせることができるかどうかは、どのように判断すれば良いのでしょうか?
ここでは、判断の基準を解説します。
まずは契約が優先される
他の法令に反しないのであれば、当事者同士で締結した契約が最優先されます。
そのため、まずは入居者との間で交わした契約に記載した原状回復義務についてのルールを確認しましょう。
契約が法令違反なら無効となる
契約が最優先されるのであれば、契約に次のように記載さえしておけば、すべての損傷を入居者に負担させることができると考えるかもしれません。
「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を含む。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。」
しかし、入居者が一般個人である場合、このような条項が有効とされる可能性は決して高くはないでしょう。
なぜなら、このように消費者の利益を一方的に害したり一方的に義務を重くしたりする条項は、消費者契約法の規定により無効とされる可能性が高いためです。
国土交通省が公表している『「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のQ&A』によれば、賃借人に不利な特約が有効といえるためには、次の3つの要件をすべて満たす必要があるとされています。
- 特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること
- 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること
- 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
入居者が契約書をよく読まないだろうなどと考えて一方的に不利な条項を入れ込んだところで、有効となる可能性は高くありません。
それどころか、消費者の無知に付け込むようなことをすればトラブルの原因となり得るほか、SNS上などで情報が広まってしまうリスクさえあるでしょう。
契約に明記が無ければガイドラインを参照する
原状回復の範囲について契約書に明記がない場合には、国土交通省が公表しているガイドラインを参考にします。
ガイドラインには原状回復の考え方についてかなり細かく例示されていますので、不動産賃貸をされている方は、一度隅々まで目を通しておくと良いでしょう。
ガイドラインの内容については、次で解説します。
ガイドラインによる原状回復義務の基準
国土交通省が公表しているガイドラインは、原状回復について事例ごとに細かく掲載されています。
ここでは、このガイドラインにもとづく原状回復義務の考え方を解説します。
原状回復の定義
ガイドラインでは、原状回復義務について次のように定義されています。
賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること
この定義を前提として、具体的な事例が掲載されています。
原状回復義務負担の具体例
ガイドラインによれば、原状回復義務の負担者はそれぞれ次のとおりです。
ここでは代表的な事例を紹介しますので、より具体的に知りたい場合には、ガイドラインを参照することをおすすめします。
なお、それぞれの負担者はいずれも原則的な考えによるものです。
傷がついた際の状況などによっては判断が異なる場合もあるため、迷った際は個別で弁護士へご相談ください。
<床>
床とは、畳やフローリング、カーペットなどを指します。
これについての原状回復義務の負担者は、次のとおりです。
入居者負担
- 引越作業で生じたひっかきキズ
- 賃借人の不注意で雨が吹き込んだことによるフローリングの色落ち
- カーペットに飲み物などをこぼしたことによるシミやカビ
- 冷蔵庫下のサビを長期間放置したことによるサビ跡
大家負担
- 特に破損等はしていないが、次の入居者確保のためにおこなう畳の表替え
- フローリングのワックスがけ
- 家具の設置による床やカーペットのへこみ、設置跡
- 日照や建物構造の欠陥による雨漏りなどで発生した畳の変色、フローリングの色落ち
<壁、天井>
壁や天井とは、壁紙やクロスなどを指します。
これについての原状回復義務の負担者は、次のとおりです。
入居者負担
- 使用後の手入れが悪いことにより付着した台所の油汚れ
- 結露を放置したことにより拡大したカビやシミ
- タバコなどのヤニや臭い
- 下地ボードの張替が必要となる程度のくぎ穴やネジ穴
- クーラーからの水漏れを放置したことによる壁の腐食
- 落書きによる毀損
大家負担
- テレビ、冷蔵庫などの後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
- 壁にポスターや絵画を貼ったことによる壁の変色
- エアコン設置による壁のビス穴や跡
- 日照などの自然現象によるクロスの変色
- 下地ボードの張替までは不要な程度のくぎ穴やネジ穴
<建具>
建具とは、襖や柱などを指します。
これについての原状回復義務の負担者は、次のとおりです。
入居者負担
- 飼育ペットによる柱へのキズや臭い
- 柱への落書き
大家負担
- 破損等はしていないが次の入居者確保のためにおこなう網戸の張替え
- 地震で破損したガラス
<設備、その他>
鍵など、その他の設備についての原状回復義務の負担者は、次のとおりです。
入居者負担
- 清掃や手入れを怠ったことによるガスコンロ置き場や換気扇等の油汚れ、すす
- 清掃や手入れを怠ったことによる風呂やトイレ、洗面台の水垢、カビなど
- 日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損
- 鍵の紛失や破損による取替え
- 戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草
大家負担
- 専門業者による物件全体のハウスクリーニング
- エアコンの内部洗浄
- 台所やトイレの消毒
- 破損等はしていないが、次の入居者確保のためおこなう浴槽や風呂釜等の取替え
- 破損や鍵紛失のない場合の鍵の取替え
- 機器の寿命による設備機器の故障や使用不能
入居者が原状回復費用を支払わない場合の対処法
原状回復費用について、敷金が差し入れられていた場合には、原状回復費用を敷金から差し引くことが可能です。
そのため、原状回復費用が敷金を上回らなければ、原状回復費用を敷金から差し委引いた金額を入居者に返還することで、原状回復費用を回収することができます。
しかし、原状回復費用が敷金を上回ってしまった場合には、退去した入居者に対して、その上回った額を請求してゆくことになります。
しかし、退去した入居者が負担すべき原状回復費用を支払わないケースもあり、トラブルに発展することがあります。
このような場合には、次のように対処します。
内容証明郵便で請求する
通常の郵便や電話などで請求しても支払うべき原状回復費用を支払ってくれない場合には、内容証明郵便で請求をします。
内容証明郵便とは、送付した文書の内容と送付日が証明される郵便で、のちに訴訟となった際、訴訟に先立って請求したことの証拠となります。
心理的にプレッシャーを与えることで、自発的な支払いを促す効果も期待できます。
ただし、内容証明郵便はその内容も証拠として残るため、記載した内容によってはむしろ自分にとって不利となってしまう可能性も否定できません。
そのため、できる限り内容証明郵便を送る段階から弁護士へ相談すると良いでしょう。
弁護士へ相談する
内容証明郵便を送ってもやはり期限までに支払いがない場合には、すみやかに弁護士へ相談することをおすすめします。
請求している原状回復の内容を精査したうえで、弁護士から改めて請求をしたり、少額訴訟などの準備をしたりします。
弁護士から請求をすることで、支払ってくれる場合もあります。
調停・訴訟を提起する
弁護士から請求をしても支払ってくれない場合には、原状回復費用支払を求めて調停を申し立て、又は、訴訟を提起することになります。
調停は、調停委員という第三者を間に入れ、話し合いによる解決を目指す手続きで、合意に至った場合には強制執行をすることも可能です。
調停による解決が難しいと考えた場合には、訴訟を提起することも可能です。
いずれの手続きを選択すべきかは、相手方の態度や請求が認められる可能性等を考慮して判断することになります。
原状回復に関するトラブルの予防策
原状回復についてトラブルになってしまえば、最終的に解決ができたとしても、多大な労力を要することとなります。
そのため、可能な限り事前にトラブルの予防策を練っておくと良いでしょう。
具体的な予防策としては、次のものが考えられます。
ガイドラインに沿った契約内容とする
賃貸借契約書に記載された原状回復義務の範囲が国土交通省のガイドラインと大きく乖離している場合には、入居者が支払いを拒むなどしてトラブルに発展する可能性が高くなります。
あらかじめガイドラインをよく確認したうえで、ガイドラインに沿った内容で契約をしておくと良いでしょう。
あらかじめ弁護士に契約内容を確認してもらう
賃貸借契約書にはひな形も存在していますが、ひな形をそのまま利用した場合には、実情にそぐわない内容となってしまう可能性があります。
また、大家さん自身が契約内容をよく理解していないケースも少なくありません。
そのため、賃貸借契約を結ぶ前に弁護士に契約内容を確認してもらうことをおすすめします。
そのうえで、内容の理解が不安であれば、契約内容について弁護士に内容をかみ砕いて説明してもらっておくと良いでしょう。
契約内容を入居者によく説明する
原状回復義務に関することを含め、入居者によく契約内容を説明しておくことも重要です。
入居者からそのようなことは聞いていないなどと主張されてトラブルになることを避けるため、場合によっては契約書とは別でチェックシートなどを設けて、契約内容を理解したことについての署名をもらっておくことも一つの手でしょう。
ただし、上で記載をしたとおり、いくら入念に説明をしたからといってそれだけで一般消費者に不利となる契約条項が有効となるわけではないことには注意してください。
入居時の状態を写真に撮っておく
入居者に物件を賃貸する直前に、物件の全体をつぶさに撮影しておくことも、トラブル予防につながります。
なぜなら、大家さんとしては明らかに入居者がつけた傷だと考えていても、入居者に入居前からついていた傷だなどと主張されてしまえば、平行線となりかねないためです。
入居者立ち合いのもとで室内などの撮影をおこない、契約書と一緒に保管をしておくと良いでしょう。
まとめ
不動産の原状回復に関するトラブルは、後を絶ちません。
しかし、原状回復トラブルとしては、大家さん側が本来入居者に請求できない通常損耗についてまで入居者に負担させようとしたことによるものも少なくないのが現状です。
一方的に入居者に不利となる契約を締結させたり、ガイドライン以上の損耗についての原状回復を請求したりすればトラブルに発展する可能性が高いといえます。
無用なトラブルを避けるため、ガイドラインに沿った運用をするよう注意しましょう。
トラブルになってしまった場合はもちろん、トラブルの予防策を検討したい場合にも、ぜひ弁護士へご相談ください。
Authense法律事務所の弁護士が、お役に立てること
・当該損耗が入居者負担になるか否かについて、ガイドラインや過去の裁判例に基づいてお答えいたします。
・原状回復費用の支払いがされない場合に、退去した入居者に対して内容証明郵便での請求をして、支払いを促すことができます。
・それでも支払われない場合には、調停や訴訟等の種々の手続きの中から、適切な手続きをご案内し、依頼者様の代わりに、退去した入居者に原状回復費用を請求し、場合によっては強制執行をすることができます。
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