パワハラ防止法によると、パワハラとは「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」ものです。企業は、パワハラの被害を受けた従業員から相談に応じる体制を構築するなど雇用管理上必要な措置を講じる責務を負っています。
では、具体的にどのような言葉がパワハラに該当するのでしょうか?今回は、パワハラの定義を解説するとともに、パワハラに該当する可能性がある言葉を紹介します。
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パワハラの定義
2019年5月、パワハラに関する事業主の責務などを定めた「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下、「パワハラ防止法」といいます)」の改正法が成立し、2020年6月に施行されています。
この法律において、初めてパワハラの定義が法定化されました。
パワハラ防止法によると、パワハラとは「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」ものです(パワハラ防止法30条の2 1項)。
これを分解すると次のとおりです(参照:事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号))。
職場
「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指します。
毎日通勤する執務室や勤務先の店舗などのみを指すのではなく、次の場所などであっても労働者が業務を遂行する場所であれば、職場に含まれると考えられます。
- 出張先
- 業務で使用する車中
- 取引先との打ち合わせの場所(接待の席も含む)
このように、会社から一歩外に出たからといって事業主の責任が免除されるわけではありません。
労働者
パワハラ防止法の対象となる「労働者」には、正規雇用労働者のみならずパートタイム労働者や契約社員など、いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用するすべての労働者が含まれます。
また、派遣労働者に関しては、派遣元事業主のみならず派遣先事業主も自ら雇用する労働者と同様に措置を講じなければなりません。
優越的な関係を背景とした言動
「優越的な関係を背景とした言動」とは、業務を遂行するにあたり、その言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗や拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指します。
職務上の地位が上位の者による言動がこの典型例であるものの、同僚や部下による言動であっても、次の場合は該当し得るとされています。
- その言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
- 集団による行為で、これに抵抗や拒絶することが困難であるもの
このように、上司から部下に対するもののみならず、同僚や部下による言動であってもパワハラに該当する可能性があります。
業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」とは、社会通念に照らし、明らかに業務上必要性がない言動やその態様が相当でない言動を指します。次のものなどが該当します。
- 業務上明らかに必要性のない言動
- 業務の目的を大きく逸脱した言動
- 業務を遂行するための手段として不適当な言動
- 当該行為の回数や行為者の数などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
なお、この判断にあたっては次のようなさまざまな要素を総合的に考慮することが適当であるとされています。
- その目的
- その言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度など、その言動が行われた経緯や状況
- 業種・業態
- 業務の内容・性質
- その言動の態様・頻度・継続性
- 労働者の属性(経験年数、年齢、障害の有無、国籍など)
- 労働者の心身の状況(精神疾患の有無や身体の状況など)
- 行為者との関係性
労働者の就業環境が害されるもの
「労働者の就業環境が害される」とは、その言動によって労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。
たとえば、その言動によって労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために、能力の発揮に重大な悪影響が生じたことなどです。
この判断は労働者の主観のみで行うのではなく、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすることが適当であるとされています。
また、パワハラの該当性においては言動の頻度や継続性も考慮されるものの、一度きりの言動であるからといって必ずしもパワハラに該当しないわけではありません。
たとえば、強い身体的・精神的苦痛を与える言動の場合は、一度きりの言動であっても就業環境を害するものに該当する可能性があります。
ハラスメントの種類と6類型
ハラスメントは、次の6種類に分類されます。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
それぞれの概要について解説します。
なお、1つの言動が複数の類型に該当する場合もあり、ある言動が必ずしもいずれか1つの類型に該当するとは限りません。
身体的な攻撃
身体的な攻撃とは、殴打や足蹴りを行ったり相手に物を投げつけたりすることです。
精神的な攻撃
精神的な攻撃とは、人格を否定するような言動を行うことです。
ほかにも、必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うことや他の労働者の前で、大声で威圧的な叱責を繰り返し行うことなども該当します。
人間関係からの切り離し
人間関係からの切り離しとは、たとえば特定の労働者を仕事から外して長時間別室に隔離したり、同僚が集団で無視をしたりして職場で孤立させることなどを指します。
過大な要求
過大な要求とは、たとえば新入社員に必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことを厳しく叱責することなどを指します。
また、業務とは関係のない私用な雑用の処理を強制的に行わせることもこれに該当します。
過小な要求
過小な要求とは、たとえば管理職である労働者を退職させるために誰でも遂行可能な業務を行わせることや、気に入らない労働者に対する嫌がらせのために仕事を与えないことなどです。
個の侵害
個の侵害とは、労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすることなどです。
また、労働者の機微な個人情報について本人の了解を得ずに他の労働者に暴露することもこれに該当するでしょう。
ハラスメントに該当し得る言葉
ここでは、パワハラに該当する可能性のある言葉を紹介します。
ただし、パワハラに該当するかどうかは、その言葉のみを切り取って判断できるわけではありません。
その言葉が発せられた背景や発言者と受け手との関係性などによって判断が異なるためです。
そのため、企業がパワハラ研修を実施するにあたっては、「OKな言葉とNGな言葉」などを表面的に知らせるのではなく、本質的な定義などを周知する必要があるといえます。
相手を脅迫する言葉
次のように、相手を脅迫する言葉はパワハラに該当する可能性があります。
- クビにするぞ
- 目標が達成できなければ辞めますと一筆書け
- 会社を辞めたければ〇千万円払え
- ぶっ殺すぞ
- 引きずり倒すぞ
- 呪い殺してやる
度を超えた暴言
次のような度を超えた言葉はパワハラに該当する可能性があります。
- 給料泥棒
- 寄生虫
- 気持ち悪い
- 存在が目障りだ
- ばばあ
- いるだけでみんなが迷惑している
相手を侮辱する言葉
次のような相手を侮辱する言葉はパワハラに該当する可能性があります。
- 役立たず
- 無能
- 新入社員以下だ
- よくこんな奴と結婚したな、おまえのカミさんも気がしれん
- (外国籍の従業員に対し)「あなた何歳のときに日本に来たんだっけ?日本語わかってる?」
パワハラが認定された裁判例
ある言動がパワハラに該当するかどうかは、事例ごとの判断となりやすいでしょう。
そこでここでは、パワハラが認定された裁判例を3つ紹介します。
店長から労働者への発言が違法なものであったとして会社に損害賠償義務が認められた事案
コンビニエンスストアの従業員であるXに対し、店長が次のように述べた事例です。
- お前ふざけんなよ。この野郎、うんじゃねえんだよおめえよ。この野郎。カメラ写ってようが関係ねえんだよ。こっちはよー、ばばあ、てめえ、この野郎、何考えてんだよ
- 辞めてください。来ないでください
- 店に来んなよ。来んなよ。辞めろよ
- どうするの。じゃ、今日来るなよ。二度と来んなよ。二度とな
この背景には、Xからの相談で所定労働時間より早く出勤した店長が、Xや関係者と話をしようとしたものの、話が済む前にXの退勤時を過ぎたためXが退勤しようとしたことがあり、Xの業務態度や性格が職場で嫌われたと認定するなど、労働者側に問題がないとは言えない事例でした。
しかし、裁判所は、Xの態度に立腹して、同人に対し、「ばばあ」等の暴言を交えて激しい口調で不穏当な発言をして精神的苦痛を与えたとして、会社がXに対し5万円の損害賠償義務を負うと判断しました。
一連の行為が、労働者を孤立させ退職させるための”嫌がらせ”と判断され、代表取締役個人及び会社の責任が認められた事案
旅行事業部の経理担当として入社したXは、上司の指示の下、同部の根拠不明の出金などの調査を行ったところ、他の従業員数名がXに反発し、以下のような非協力的態度をとるようになった結果、会社と十分な対応を取らなかった役員に責任が認められた事例です。
- Xが会社に入社して間もなく、Xの業務遂行に対する不満から旅行事業部に所属する一部の従業員がXに反発するようになり、Xと当該上司が男女関係にあるとの事実に反するうわさを社内に流布したところ、代表取締役らは、Xから事態の改善を求められたにもかかわらず、うわさを解消するための特段の措置をとらなかった。
- 会社は、Xの業務が繁忙であり,勤務が早朝から深夜まで長期間にわたることや休日にも出勤しなければならないことがしばしばあり、Xが勤務状況の改善を申し出ていたにもかかわらず、十分にこれに応じることなく、約半年もの長期間にわたり、人員の補充などの適切な措置をとることなくXに過重な勤務を強いた。
- そして、会社は、当該上司を懲戒解雇した後、Xに対してのみ約2か月間にわたり具体的な仕事を与えず、その後も仕事らしい仕事を与えなかった。Xは,その間も他の従業員からホワイトボードに「永久に欠勤」と書かれたり、不合理な座席の移動を命じられたり、侮辱的な発言を受けたり、ホワイトボードから名前が消されるなど、繰り返し嫌がらせを受けた。
裁判所は、これらの一連の行為は、その経緯に照らすと、Xを会社の中で孤立化させ、退職させるための嫌がらせといわざるを得ないとして、会社及び代表取締役らがXに対し182万7600円の損害賠償義務を負うと判断しました。
上司の言動により精神障害を発症し自殺に及んだと判断された事案
医薬品の製造、販売等を行う会社に医療情報担当者として勤務していたXが、上司から厳しい言葉を浴びせられて精神疾患を発症し、自殺に及んだ事例です。
この事例では、上司からXに対して次の発言などがなされていました。
- 存在が目障りだ、居るだけでみんなが迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん、お願いだから消えてくれ
- 車のガソリン代がもったいない
- お前は会社を食いものにしている、給料泥棒
- 肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか
この事例では、部下の精神障害発症及び自殺は業務に起因したものと判断され、労災保険給付の不支給処分が取り消されました。
パワハラ防止法の制定で企業がとるべき対応
パワハラ防止法は2019年5月に成立し、2020年6月に施行されました。
また、2022年4月からは中小企業にも適用対象が拡大されています。
このパワハラ防止法の制定を受け、企業が講じるべき主な対策は次のとおりです。
- 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- 相談等に応じ適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるパワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
- 相談者等のプライバシーを保護・不利益取扱いの禁止
事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
事業主には、パワハラに関する方針等の明確化や、その周知と啓発が求められます。
たとえば、指針を定め就業規則や社内報などで公表するほか、パワハラに対する正しい知識を周知するため研修を実施することなどが挙げられます。
相談等に応じ適切に対応するために必要な体制の整備
企業は、パワハラに関する労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備をしなければなりません(同33条の2 1項)。
相談窓口は社内に設定することもできるほか、社外の専門家へ委託することも可能です。
職場におけるパワハラに係る事後の迅速かつ適切な対応
自社でパワハラが発生した際には、企業は事実関係の調査や被害者に対する配慮の措置、加害者への懲戒処分など迅速かつ適切な対応が求められます。
なお、調査にあたっては当事者からのヒアリングが原則ですが、当事者間の意見に相違がある場合などには第三者から意見を聞く場合もあります。
また、加害者について懲戒処分を行う際は、あらかじめ弁護士などの専門家へご相談ください。パワハラ行為の重さと懲戒処分の重さのバランスを欠いていると、処分が無効であるなどと主張されトラブルに発展する可能性があるためです。
また、懲戒処分を下すには就業規則などに根拠がなければなりません。
相談者等のプライバシーを保護・不利益取扱いの禁止
事業主は、労働者がパワハラの相談を行ったことなどを理由に、解雇など不利益な取扱いをしてはならないとされています(同30条の2 2項)。
また、当事者のプライバシーにも十分配慮しなければなりません。
まとめ
パワハラに該当するかどうかは、発せられた1つの言葉のみを切り取って判断できるものではありません。
パワハラであるかどうかや、その言動に対して損害賠償請求などが可能であるかどうかはその言動がなされた背景などから総合的に判断されます。
そのため、言葉のみで線を引くのではなく、パワハラの定義を改めて確認しておくとよいでしょう。
企業としては、パワハラ防止法への対応を行うとともに定期的に社内研修を開催するなどパワハラの防止に努めることが求められます。
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