コンプライアンスとは、法令のみならず就業規則や社会規範、企業倫理などを遵守することを意味します。
そして、コンプライアンス研修とは自社の従業員にこれらについて周知し、違反の抑止力とすることなどを目的として行う研修です。
今回は、コンプライアンス研修を実施する目的を改めて確認するとともに、コンプライアンス研修の内容とすべき事項などについて弁護士が詳しく解説します。
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企業におけるコンプライアンスとは
コンプライアンスは、「法令遵守」などと訳されることが少なくありません。
しかし、コンプライアンスが意味するのは法令を守ることのみならず、次の事項などに反しないことをも含有しています。
法令
コンプライアンスが法令のみの遵守を目的としているわけではないとはいえ、法令の遵守はコンプライアンスの土台となるものです。
法令違反が常態化していると、そこでいくら社会規範や企業倫理を説いたところで絵に描いた餅でしかないでしょう。
遵守すべき法令は、「民法」や「消費者契約法」など対顧客との関係を直接規制するもののみならず、商品の安全性を守る「食品衛生法」や「製造物責任法」、事業者間の適正な競争を取り締まる「下請法」や「独占禁止法」、労使関係を取り締まる「労働基準法」や「労働安全衛生法」、法人税法などの「税法」、その業種に適用される「宅建業法」や「建設業法」など非常に多岐にわたります。
そのため、初めからすべての法令をつぶさに知り理解することは現実的ではありません。
しかし、まずは法令を遵守すべきであるとの強い意識を持ち、疑問の感じた際にはその都度法務部や外部の弁護士などへ問い合わせることで、企業の法令順守レベルがスパイラル的に向上するでしょう。
就業規則
就業規則とは、労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関することや職場内の規律などについて定めた職場における規則です。
就業規則は、その企業にとっては法令に近い役割を果たします。
また、他に各種の社内規程を設けていることも多いでしょう。
自社が設けた就業規則や各種社内規程を遵守することも、コンプライアンスに含まれると考えられます。
そして、企業としては就業規則や社内規程が現行の法令に違反しないよう、定期的に見直すことが必要です。
特に個人情報保護法は頻繁に改正されるため、これをベースに策定したプライバシーポリシーなどは、見直さないと現行法に反する内容となっているかもしれません。
社会規範や企業倫理
コンプライアンスには、社会規範や企業倫理などの遵守も含まれます。
たとえば、従業員が自社の経営する飲食店の床に寝そべる写真をSNSに投稿したからといって、これが直ちに法令に違反するわけではないでしょう。
しかし、このような行為をすると、SNS上で「炎上」するかもしれません。
また、企業の倫理観が問題視される場面もあります。
たとえば、近年ジェンダー問題は敏感に反応される傾向にあります。
女性がすべての家事育児を担うのが当たり前であるような描写を企業のCMで行うと、企業の姿勢が問われて批判の対象となる可能性があります。
また、まだ食べられる食材を企業が日常的に大量に破棄していたとすると、批判の対象となる可能性があるでしょう。
このように、「法令違反ではないものの好ましくない行為」は非常に多く存在します。
そのため、法令さえ守ればよいということではなく、企業倫理を磨くことや社会規範を遵守することもコンプライアンスに含まれると考えられます。
コンプライアンスが徹底されていない場合に起こり得ること
企業がコンプライアンス研修を適切に実施しておらず、コンプライアンスが徹底されていないと、次のような事態などが生じるおそれがあります。
- 法令違反
- 機密情報・個人情報漏洩
- 不正経理・横領
- ハラスメントなどの労務問題
- 社会規範違反
法令違反
コンプライアンスが徹底されていないと、安易な考えから法令違反に手を染める可能性があります。
法令違反をすると罰則の対象となる可能性があるほか、違反の内容によっては違反の旨が公表されたり、大々的に報道されたりして企業価値が大きく毀損する可能性があるでしょう。
機密情報・個人情報漏洩
コンプライアンスが徹底されていないと、機密情報や個人情報などの漏洩が起きる可能性があります。
従業員が機密情報などを不正に持ち出したり、情報の入ったパソコンを不特定多数がいる場で開いて除き見られたり電車などにパソコンを置き忘れて情報が漏洩したりする「ミス」が生じる可能性も否定できません。
市から個人情報を取り扱う業務の委託を受けていた会社の従業員が、個人情報の入ったUSBメモリを安易に持ち出した結果、一時的に紛失し大きな騒動となった事案を覚えている人も多いでしょう。
この事件では、市が委託先企業に対して29,501,005円の損害賠償請求を行っており、すでに全額支払われています。
不正経理・横領
コンプライアンスが徹底されていない場合、不正経理や横領が起きるリスクが高くなります。
不正経理とは、売上の一部を除外したり経費を水増ししたりするなど、不適正な経理のことです。
不正経理を行う目的はさまざまですが、中には横領を隠すために不正経理に手を染める場合もあります。
たとえば、自分が横領したことを隠すため、架空の請求書を偽造することなどが挙げられます。
コンプライアンスが徹底されている企業は資料などがきちんと管理されていることが多く、横領に手を染める従業員がいたとしても早期に気づける可能性が高いでしょう。
また、発覚する可能性が高いこと自体が不正経理や横領の抑止力ともなります。
ハラスメントなどの労務問題
コンプライアンスが徹底されていないと、社内で労務関連の問題が生じる可能性もあります。
たとえば、パワハラやセクハラなどのハラスメントや、残業代の未払いなどが挙げられます。
社会規範違反
コンプライアンスが徹底されていないと、社会規範違反が起きる可能性が高いでしょう。
たとえば、自社が運営する飲食店の床に寝そべる動画をSNSに投稿することや来店した有名人の情報をSNSに投稿すること、差別的な言動をすることなどが該当します。
コンプライアンス研修とは
コンプライアンス研修とは、従業員に対してコンプライアンスの重要性を理解させたり、主に遵守すべき事項や注意すべき事項などを周知したりする研修です。
コンプライアンス研修は社内のコンプライアンス部などが担う場合もあれば、社外の弁護士などに依頼して行う場合もあります。
コンプライアンス研修実施の目的
企業がコンプライアンス研修を実施する主な目的は次のとおりです。
- 社会人としての一般常識や社会規範を身につける
- 潮流とのズレを認識する
- 違反の抑止力とする
- 企業価値を向上させる
- 違反発生時のリスクヘッジ
社会人としての一般常識や社会規範を身につける
初めて会社勤めをする人の中には、社会人としての一般常識や社会規範に欠けている人もいます。
時代は常に移り変わるうえ、幼い頃からスマートフォンに慣れ親しんでいる新入社員は、異なる価値観を持っている可能性があるでしょう。
もちろん、異なる価値観は「新しい価値観」ともいえ、これを企業に取り入れたりマーケティングに活かしたりすることも1つです。
一方で、価値観の違いや一般常識の欠如からコンプライアンス違反を冒す可能性も否定できません。
そのため、特に新入社員にコンプライアンス研修を行うにあたっては、「このくらい知っているだろう」「このくらい少し考えれば分かるだろう」などと考えるのではなく、丁寧に社会人としての一般常識や社会規範を教えることが求められます。
潮流とのズレを認識する
一昔前には問題にならなかったことであっても、現代の潮流では問題とされるものが少なくありません。
たとえば、次のような行為は、トラブルに発展したり「炎上」したりする可能性があります。
- 部下を厳しい言葉で叱責したり、ときには身体をたたいたりする(パワハラになる可能性が高い)
- 業務上の必要性がないのに部下の身体に触る、交際相手の有無を執拗に尋ねる(セクハラになる可能性が高い)
- 「女性が家事や育児をすべて担うべき」など、女らしさや男らしさの価値観を押し付ける(炎上する可能性がある)
- 女性を性的に扱うCMを流す(炎上する可能性がある)
これは一例であり、ほかにも多数存在します。
特に社歴の古い企業などではコンプライアンス研修でこのような点にも触れることで、ズレに気付き価値観の刷新がしやすくなるでしょう。
違反の抑止力とする
コンプライアンス研修によってコンプライアンスに違反する行為を知ることで、法令や規範を知らないことによる違反を避けることが可能となります。
また、コンプライアンス研修を行うことで企業の姿勢が伝わったり違反時のリスクを正しく知ったりすることで、違反の抑止力ともなるでしょう。
企業価値を向上させる
昨今、企業の倫理観が重視される傾向にあり、コンプライアンス研修を実施し社内のコンプライアンスを徹底させることで、消費者や投資家などから選ばれ企業価値が向上しやすくなります。
また、コンプライアンスが徹底されている企業は多くの人の取って働きやすいことから、より優秀な人材を採用しやすくなると考えられ、企業価値の向上が見込めるでしょう。
違反発生時のリスクヘッジ
コンプライアンス研修の実施は、企業のリスクヘッジにもつながります。
当然ながら、コンプライアンス研修を実施したことだけを理由に法令違反や企業への損害賠償請求などが免責されるわけではありません。
しかし、一従業員が違反を知りながら行った行為であるのか、企業全体の価値観に問題があるのかの判断では、コンプライアンス研修の実施が1つの判断材料となる可能性はあるでしょう。
特に法令違反などではなく炎上案件においては、コンプライアンス研修の実施による企業の姿勢が評価される可能性があります。
企業が実施すべきコンプライアンス研修の内容
コンプライアンス研修の内容とすべきことは数多くあります。
中でも、特に重要性の高い項目は次のとおりです。
- 情報セキュリティ
- ハラスメント
- 知的財産
- 一般常識
情報セキュリティ
情報セキュリティは、コンプライアンス研修において必須です。
中でも、SNSとの付き合い方や個人情報の取り扱い、機密情報の入ったパソコンの使用ルールなどは、時間を割いて周知する必要があるでしょう。
ハラスメント
パワハラやセクハラなどのハラスメントも、コンプライアンス研修では非常に重要な項目です。
ハラスメントは、加害者がハラスメントであるとの意識のないままに行っていることも少なくありません。
何がハラスメントに該当し得るのかを知ることが抑止力となります。
なお、これとは反対に、ハラスメントに該当することを恐れるあまり、部下を適切に指導できないとの悩みも散見されます。
ハラスメントを正しく理解することで、適切な指導につながりやすくなるでしょう。
知的財産
コンプライアンス研修の内容には、知的財産についても取り入れることをおすすめします。
特に著作権については誤解が多く、知らずに違反してしまう場合もあるでしょう。
たとえば、次の内容はすべて著作権違反に該当し得る行為です。
- 一般個人のホームページに記載された写真を無断で自社ホームページに転載する
- 一般個人がSNSに投稿したイラストを無断で自社のチラシに転載して配布する
- 写真購入サイトの画像を購入せず、透かしがあるまま自社サイトのアイキャッチに使用する
一般常識
特にアルバイトスタッフなどを多く雇用する場合や社会経験の少ない人を雇用する場合などは、一般常識についてのコンプライアンス研修も必須でしょう。
先ほど紹介した情報セキュリティと重なる部分もありますが、たとえば「社内の写真を勝手にSNSに投稿しない」ことや、「顧客の情報を社外の人がいる場で大声で話さない」こと、「欠勤をする際には連絡を入れる」ことなどです。
当たり前であると感じていることこそ、研修の場ではあらためて明確に伝える必要があるでしょう。
まとめ
コンプライアンスとは、法令や就業規則、社会規範、企業倫理などを遵守することです。
そして、これらを遵守する体制を整えるための研修がコンプライアンス研修です。
企業が適切にコンプライアンス研修を実施することで違反の抑止力となるほか、長期的な視点で見た際に企業価値を向上させることにもつながるでしょう。
コンプライアンス研修は自社で実施することもできますが、弁護士など外部の専門家へ依頼することも1つの方法です。
記事監修者
伊藤 新
(第二東京弁護士会)第二東京弁護士会所属。大阪市立大学法学部卒業、大阪市立大学法科大学院法曹養成専攻修了(法務博士)。企業法務に注力し、スタートアップや新規事業の立ち上げにおいて法律上何が問題となりうるかの検証・法的アドバイスの提供など、企業 のサポートに精力的に取り組む。また、労働問題(使用者側)も取り扱うほか、不動産法務を軸とした相続案件などにも強い意欲を有する。
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