会社にとって好ましくない者や予期せぬ者が株主になる事態を避けるため、会社が定款で「相続人等に対する売渡請求」をできる旨を定めていることがあります。
相続人等に対する売渡請求とは、どのような手続きを指すのでしょうか?
また、相続人等に対する売渡請求は、どのようなスケジュールで進めればよいのでしょうか?
今回は、相続人等に対する売渡請求の概要や進め方などについて弁護士が詳しく解説します。
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相続人等に対する売渡請求とは
相続人等に対する売渡請求とは、株主が死亡した際に、その相続人などに対して株式を会社に売り渡すよう請求することができる手続きです。
相続が起きると、亡くなった人(「被相続人」といいます)の所有していた財産や負債は原則としてすべて相続人へと承継されます。
会社の株式も財産ですので、例外ではありません。
しかし、不特定多数の者が株主となる公開会社(上場企業など)とは異なり、日本の会社の大多数を占める非公開会社の多くは、信頼関係が構築されている親族や関係者などのみから株主が構築されています。
そのため、誰を株主にするかは会社が決めたいとの意向が強く、株式に譲渡制限を付けている会社が大半です。
譲渡制限が付いている株式は自由に譲渡することができず、株主が株式を譲渡するためには会社の承認を得なければなりません。
ただし、たとえ株式に譲渡制限を付けていても、相続や合併などの一般承継(個別の財産を譲渡するのではなく、権利義務を丸ごと引き継ぐこと)は会社による承認の対象から外れます。
そのため、株主に相続が発生すると会社の意向とは無関係に、亡くなった株主の相続人等(配偶者や子などの相続人や、遺言で包括的に財産を遺贈された者)が株主となってしまいます。
相続人等が会社に対して好意的であればよいものの、必ずしもそうであるとは限りません。
また、そもそもその会社と何ら関係がないことも少なくないでしょう。
そこで、そのような人が会社の意思とは無関係に株主になる事態を避けるため、相続人等に対する売渡請求制度が設けられています。
相続人等は会社から売渡請求をされた場合、金額の交渉をすることはできるものの、売り渡し自体を拒否することはできません。
株主が亡くなって相続が発生したとしても、株式を承継した相続人などに対して会社が売り渡しを請求することで、会社や他の株主の予期せぬ人が会社の株主であり続ける事態を避けることが可能となります。
相続人等に対する売渡請求をするための前提条件
相続人等に対する売渡請求をするためには、次の条件をすべて満たす必要があります。
- 譲渡制限株式であること
- 定款に売渡請求ができる旨の規定があること
- 会社に株式を買い取るだけの資金があること
譲渡制限株式であること
1つ目は、売り渡しの対象である株式に譲渡制限が付されていることです。
株式に譲渡制限が付いていない場合は、相続人等に対する売渡請求の対象とはなりません(会社法174条)。
定款に売渡請求ができる旨の規定があること
2つ目は、会社が定款で相続人等に対する売渡請求をできる旨を定めていることです。
この請求は定款の定めがある場合にのみ行うことができるものであり、定款に定めがない場合は行うことができません(同条)。
会社に株式を買い取るだけの資金があること
3つ目は、会社にその株式を買い取るだけの資金(分配可能額)があることです。
相続人等に対する株式の売渡請求は、自己株式の取得にあたります。
そのため、財源規制の対象となり、買い取りの対価として一定の分配可能額を超える金銭等を交付することはできません(同461条1項5号)。
財源規制に違反して欠損が生じた場合、株主総会議案を提案した取締役などが連帯して欠損を填補する責任を負う可能性があります。
なお、分配可能額の原則的な考え方は次のとおりです。
- 分配可能額の計算の出発点=剰余金の額(その他資本剰余金+その他利益剰余金)
実際に分配可能額を算定するには、この剰余金の額を出発点として、さらに複雑な計算が必要となるため、相続人等に対する株式の売渡請求をする際は財源規制に違反しないよう、税理士や弁護士にご確認ください。
相続人等に対する売渡請求の流れとスケジュール
相続人等に対する売渡請求は、どのような流れで進めるとよいのでしょうか?
ここでは、スケジュールの一例を紹介します。
日程 | 手続 | 法定期間・期限 |
---|---|---|
8/1 | 株主の死亡・相続開始 | |
8/28 | 会社が相続の発生を知る | |
10/8 | 売渡しの請求の決定(株主総会決議) | |
10/18 | 売渡しの請求 | 会社が「相続の発生」を知ってから1年以内 |
売買価格の協議 | ||
11/2 | 売買価値決定の申し立て | 「売渡しの請求」から20日以内 |
売買契約成立 | ||
株主名簿の記載 |
会社が株主の死亡(相続発生)を知る
相続人等に対する売渡請求は、株主の存命中に行うことはできません。
その株主が亡くなり、会社が相続の発生を知った時点から検討を開始することとなります。
株式に譲渡制限がついている会社の規模であれば、比較的、株主と会社の関係も密であり、株主同士の距離も近いと思いますので、株主が亡くなった場合には、比較的早期に会社に情報がもたらされることでしょう。
株主総会で売渡しの請求決定をする
相続人等に対する売渡請求をするには、株主総会の特別決議で次の事項を定めなければなりません(同175条1項、309条2項3号)。
- 相続人等に対する売渡請求をする株式の数
- 請求対象となる株主(相続人等)の氏名または名称
特別決議とは、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上に当たる多数によって行う決議です(同309条2項)。
ただし、定款でこれらを上回る割合を定めることが可能であるため、特別決議の要件を知るには、その会社の定款を確認する必要があります。
なお、この時点ではすでに相続人等も株主となっているものの、売渡請求の対象者は、原則としてこの株主総会決議において議決権を行使することができません(同175条2項)。
売渡しの請求をする
株主総会において相続人等に対する売渡請求をする旨などが決まったら、株式を承継した相続人等に対して売り渡しの請求をします。
売渡請求をする際は、売渡請求をする株式の数を明らかにして行うことが必要です(同176条2項)。
この請求は、会社が相続の発生を知ってから1年以内に行わなければなりません(同1項)。
そのため、期限内に請求した証拠を残す観点から、内容証明郵便で行うことが多いといえます。
内容証明郵便とは、いついかなる内容の郵便が誰から誰に送られたのかについて、日本郵便株式会社が証明する制度です。
売買価格の協議をする
相続人等に対する売渡請求は、あくまでも「買い取りの請求」であり、株式を無償で会社に交付することを求めるものではありません。
相続人等から会社が株式を取得するには、正当な対価を支払うことが必要です。
株式の売買価格は、まず会社と請求対象である相続人等の協議による決定を目指します(同177条1項)。
相続人等からの合意を得るため、会社はあらかじめ税理士などの専門家にその時点における株式の客観的な評価額を算定してもらったうえで、この価格をベースに交渉することが多いでしょう。
協議がまとまらない場合は売買価格決定の申立てをする
売買価格の協議がまとまらず、相続人等に対する売渡請求から20日が経過してしまうと、売渡請求の効果が失われてしまいます(同5項)。
売渡請求の効果が失われないようにするには、会社か請求対象である相続人等のいずれかがこの期間内(売渡請求から20日以内)に、裁判所に対して売買価格決定の申立てをしなければなりません(同2項)。
売買価格決定の申立てをすると、裁判所は株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮したうえで株式の売買価格を決定し、その価格をもって会社が株式等を買い取ることとなります(同3項)。
株主名簿の記載をする
株式の売買価格が決まり会社が株式を買い取ったら、会社はその事項を株主名簿に記載又は記録しなければなりません(同132条1項2号)。
相続人等に対する売渡請求の注意点
相続人等に対する売渡請求をする際や定款に定める際は、注意しなければならないポイントがあります。
最後に、相続人等に対する売渡請求の注意点を解説します。
- 主要株主の相続発生時に乗っ取りに使われるリスクがある
- 相続人等に対する売渡請求には期限がある
- 遺産分割協議の結果が不明な場合は相続人全員に対して請求する
主要株主の相続発生時に乗っ取りに使われるリスクがある
相続人等に対する売渡請求ができる旨を定款に定める際は、会社の乗っ取りに使われるリスクを考慮しなければなりません。
たとえば、ある会社の代表で90%の株式を有するA氏と、8%の株式を持つB氏、2%の株式を持つC氏がいたとします。
この場合、会社の定款を作成するにあたって、相続人等に対する売渡請求ができる旨を定める際は、少数株主であるB氏やC氏の死亡への備えを念頭に置くことが多いでしょう。
しかし、相続人等に対する売渡請求は少数株主が死亡した場合のみに発動されるものではなく、主要株主であるA氏が死亡したときに発動される可能性もあります。
つまり、A氏が亡くなり、かねてから取締役であった長男のX氏がA氏の有していた株式を相続したところ、B氏が株主総会で相続人等に対する売渡請求を決議し、X氏が強制的に株式を買い取られてしまう可能性があるということです。
先ほど解説したように、買い取り対象となっている株主は、相続人等に対する売渡請求にあたって議決権を持ちません。
そのため、このケースで議決権を有するのは8%の株式を持つB氏、2%の株式を持つC氏の2名のみであり、B氏の独断で会社を乗っ取ることができてしまいます。
定款の雛形などでは、相続人等に対する売渡請求ができる旨の規定が盛り込まれていることが多く、よく理解しないままこの規定を入れている会社もあります。
しかし、株主構成によっては乗っ取りのリスクが生じることとなるため、弁護士などの専門家に相談のうえ定款の規程を見直しておくようにしてください。
相続人等に対する売渡請求には期限がある
相続人等に対する売渡請求は、会社が相続の発生を知ってから1年以内に行わなければなりません。
相続人等に対する売渡請求をする際は、この期限内に行うよう注意が必要です。
なお、先ほど解説したように、相続人等に対する売渡請求は財源規制の対象となります。
財源規制に抵触する場合は、翌期まで待って行ったり、減資をするなどして分配可能額を増やしたうえで行ったりすることなどが選択肢となるでしょう。
しかし、減資をするには、1か月以上の期間を定めて官報に公告する必要があることなどから、すぐに行えるものではありません。
そのため、相続人等に対する売渡請求を検討している際は、できるだけ早期から検討に取り掛かり、不明点がある場合は早期に弁護士などの専門家へご相談ください。
遺産分割協議の結果が不明な場合は相続人全員に対して請求する
株主に相続が発生し、相続人のうち誰がその株式を取得したのか会社に対して速やかに申し出があった場合は、原則としてその株式を取得した相続人にピンポイントで売渡請求をすることが可能です。
一方、相続人の間ですぐに遺産分けの話し合い(「遺産分割協議」といいます)がまとまるとは限りません。
中には、相続人等に対する売渡請求の期限である1年を過ぎても遺産分割協議がまとまらない場合もあるでしょう。
また、遺産分割協議がまとまっても、その結果が会社に対して通知されない事態も想定されます。
しかし、このような事情によって、1年という売渡請求の期限が伸長されるわけではありません。
そのため、会社としては株主に相続が発生した時点で、法定相続人全員に対して売渡請求を行っておくべきです。
まとめ
相続人等に対する売渡請求の流れについて解説しました。
相続人等に対する売渡請求を進める手順自体は、さして複雑なものではありません。
実際に請求を行う際は、会社が相続の発生を知ってから1年以内に請求すべきことと、売買価格の協議がまとまらない場合は請求から20日以内に裁判を申し立てる必要があることの2点に注意をしてスケジュールを組むことがポイントです。
また、財源規制の対象となるため、あらかじめ分配可能額についても確認しておくとよいでしょう。
相続人等に対する売渡請求を進めるにあたって不明な点や不安な点がある場合は、弁護士など専門家のサポートを受けつつ行うようにしてください。
記事監修者
森中 剛
(第二東京弁護士会)一橋大学法学部法律学科卒業。元裁判官。企業法務、M&A、労働法、事業承継、倒産法(事業再生含む)等、企業に係わる幅広い分野を中心とした法律問題に取り組む。弁護士としてだけでなく、裁判官としてこれまで携わった数多くの案件実績や、中小企業のみならず、大企業や公的企業からの依頼を受けた経験と実績を活かし、企業組織の課題を解決する多面的かつ実践的なアドバイスを提供している。
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