リーガルエッセイ
公開 2024.06.10

「略式裁判」に潜む冤罪の危険について

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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略式裁判にひそむ冤罪

 
「略式裁判」という言葉を知っていますか?
略式裁判というのは、文字どおり、簡略化された裁判のこと。
検察官が、「この事件は、被疑者が犯人であることが明白なシンプルな事件だな」と判断したとき、そして、その人に科される刑罰が100万円以下の罰金または科料に相当すると判断したとき、正式裁判によらず、簡略化された裁判手続きを踏むことにより被告人の刑罰を決める裁判手続きです。
簡略化されたものについてお話しする前提として、普通のもの、正式なものとはどういうものを指すか。
普通の正式な形の裁判というのは、よくドラマで流れる法廷シーンのような裁判が開かれ、最終的に、裁判に提出された証拠をもとに裁判官が被告人に対する判決を言い渡すもののこと。
一方、この簡略化された裁判手続きでは、あのような正式な裁判は開かれません。
ではどんな手続きかというと、まず、「これらの証拠からすると、公訴事実として書いた事実が認められます」という趣旨で、検察官が、がさっと証拠書類一式と起訴状とを裁判所に送ります。
裁判官は、それらを確認して、有罪と認めたら、「あなたには罰金〇〇円の刑罰を言い渡します」という決定を被告人に郵送。
被告人は、そこに書かれた罰金額を納付して手続きは完了するのです。

被告人の立場からすると、面倒な裁判に出ていく必要がなく、書類だけで片付くなら、「略式裁判万歳」と思われるかもしれません。
でも、一般論でいうと、略式裁判のデメリットというものも考えられます。
それは、法廷で、裁判官に対して自分の言い分を訴える機会がなくなるということ(その後の正式裁判申立てをする場合は除きます)。

ですから、略式裁判を選択するためには、被疑者が、上記のようなデメリットを理解した上で略式裁判となることに異議がない旨表明することが必要です。
被疑者が、略式裁判というものをちゃんと理解した上で、その手続きを選択するのか否か意思決定するためには、当然、その前提として、略式裁判というものがどんな手続きで、それを選択することで何が起きるかということを検察官が説明する必要があるのです。
私自身は、検察官として、被疑者に、略式裁判を選択することについて異議がないか確認するにあたっては、必ず、こう説明した上で略式裁判を選択することについての意向を確認していました。
それは、「裁判には、あなたがよくドラマなどで見ることがある、公開の法廷で開かれる正式な形の裁判と、そうではない簡単な形の裁判があります。簡単な形の裁判は略式裁判というものです。あなたの今回の件については、罰金が相当だと考えており、あなたに異論がなければ、簡単な形の裁判を選択する余地があると思っています。簡単な形の裁判を選択するかどうかについてあなたに異論があれば、正式な形の裁判にすることもできます。簡単な形の裁判では、検察庁から捜査の書類を裁判所に送り、裁判官がそれを見て、あなたの有罪が認められるか、罰金額はいくらになるかということを書類上で判断することとなり、あなたは、裁判に出頭する必要がないので、ある意味では負担が少なく感じられるかもしれません。でも、デメリットもあります。もし、あなたが、裁判官の前で主張しておきたいことがある、言い分があって、それを踏まえて刑事責任を決めてほしいなどという場合には、略式裁判ではそのチャンスが基本的にはないため、正式な裁判を選択するほうがよいでしょう。もし、あなたが、そのような言い分を言う機会をほしいと思うのであれば、略式裁判でなく、正式裁判で刑罰を決めるべきです。もっとも、いったん、略式裁判でいいよ、と意思表示して略式裁判になったとしても、略式決定を経て言いたいことがあれば、2週間以内に申立てをすることで、正式裁判を開いてもらうことはできます」ということ。
ちなみに、私が検察官だったときに、この略式裁判を選択することについての異議があるかの確認をした際、「異議あり!正式裁判のほうを選択したい」と言われたケースは1件もありませんでした。
そもそも、被疑者が犯人であることが明白でシンプルな事件が対象ですから、通常略式裁判の対象となるのは、被疑者が自白している事件。
言い分があるであろう案件については、そもそも、検察官においても略式手続きを選択しないからだと思います。

そうなると、私がタイトルに掲げた「略式裁判に潜む冤罪の危険」って何なのか?
略式裁判と冤罪とは一見縁遠いものに見えます。
でも、私は、略式裁判で有罪になる事件の中には、正式な裁判以上に、冤罪事件が潜んでいる危険があると思っています。
理由は2つ。
1つ目は、捜査機関による捜査に隙、甘さがある可能性があること。
略式裁判の対象となるのは、一般的に軽微な犯罪であることが多いです。
警察官が録取した供述調書を見ても、「間違いないです」などと自白したかのような内容になっている。
常に数多くの事件を抱え、なかには、社会的な注目を浴びている凶悪事件、被疑者が不合理な弁解をしている否認事件なども同時並行で捜査しなければいけない検察官においては、比較的軽微で、自白している事件については「あまり時間をかけずに略式裁判で終わらせてしまおう」という発想になることもあり得るところ。
でも、「自白」しているように見える事件でも、被疑者の話をよく確認すると、自分の置かれた状況をよくわからないままに取調官の言いなりになって調書に署名してしまったという事例や、取調官に威迫されて意に反して自白調書に署名してしまったという事例もあり得ます。
実際、被疑者供述以外の客観証拠を丹念に見てみると、警察署で認定した被疑事実を認めるに足る証拠が存在せず、むしろ、被疑者が犯人でないことを示す事実が存在することも。
正式裁判であれば、検察官は、証拠を閲覧する弁護人の存在も意識しながら、公開の法廷での厳格な証拠調べを想定し、厳しく証拠のチェックをするでしょう。
もちろん、略式裁判であってもそこで要求されるチェックの厳しさは言うまでもなく同等であるし、多くの検察官は厳しくチェックしているはず。
でも、やはり、手続きが簡略化されているがゆえに、チェックの目に甘さが生じてもおかしくないわけで、私自身も、検察官時代は、業務多忙ゆえに無意識のままにそのような甘さが出ないように、気を引き締めなければと肝に銘じていたところでした。

2つ目は、「本当は事実と違うけど、低額の罰金を払えばそれで終わるのであれば、わざわざ事を荒立てず、早く終わらせたい」という被疑者の心理がありうること。
「罰金を払えば終わり」「公開の法廷に行かなくていい」「書類だけで終わる」
それが、被疑者にとっては大きな「魅力」として映る一方、逆に、「法廷で何か主張したとして、そのことが自分にとってどれほど有利に働くのか」「自分の無実を主張したとして、有罪率99%を超える中、結局有罪になるなら、さっさと終わらせたほうが得策ではないか」「罰金前科がつくからといって、それが通常の生活で公開されるわけではなく、たいした支障などもないじゃないか」などという考えが働く可能性があります。
そうすると、本当は無実であるのに、それをあえて主張せずに泣き寝入りしてしまおうという発想になってしまうことが多々起きうるのです。

私は、弁護人として、まさに略式裁判に潜む冤罪を目の当たりにしました。
無実の人が有罪になる。
犯罪と無縁の生活を送っていた人が、ある日突然犯人に仕立て上げられ、「前科1犯」となってしまう。
その危険を目の当たりにし、依頼者とともに戦い無罪を獲得しました。
そんな話をまたいつか、こちらでお話ししたいと思います。

今、裁判所から送られてきた「略式決定〇〇万円」という書類を手にし、「果たして、この金額を払ってよいのだろうか」という考えが頭をよぎったかたは、ぜひ、今すぐに弊所にお問い合わせください。
制限期間内に正式な裁判を申し立てることで、法廷でご自身の主張をする機会を得られます。
ご自身の人生に、いわれのない「前科」といううそを刻んでしまうのか。
今、その判断が必要です。
今後の生き方に関わる大事な問題なはずです。
ご連絡をお待ちしています。

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