リーガルエッセイ
公開 2021.02.03 更新 2021.07.18

厚労省に提出された「犯罪被害者休暇制度の義務化」とは? 

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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犯罪被害者休暇制度

私は、検察官になって2年目のまだ20代のころ、ある地方の検察庁に勤務していたのですが、とてもおそろしい思いをしたことがありました。
深夜1時ころ、だれもいなくなった検察庁で、ようやくその日の仕事を終えて、一人で、徒歩5分くらいの距離にあった家に歩いて帰る途中のこと。
1台の車が私の後ろをゆっくり走っていることに気づいたんです。
最初、私の頭の中は次の日の取調べのことでいっぱいになっていたので、後ろに車がいることに気づいていながらも気に留めていなかったのですが、ふと、私が歩いていた狭い道は、実は、車にとっては一方通行の道で、私の後ろから来る車は、その一方通行の道を逆走しているということに気づいたんです。
そのことに気づいて改めて振り返って車を見てみたら、その車がヘッドライトを消して走行していることにもその時点で初めて気づきました。
この車は私のあとをつけてきているのかもしれないと思い、改めて周りを見ると、深夜1時で周りに人はおらず、家まではあと1分くらい。
もしかしたら私の考えすぎかもしれないと思いつつも、自分の頭の中で鳴ったアラームに従って、次の瞬間には、履いていたハイヒールを手に持ち、全速力で家に向かって走り出しました。
そうしたら、その車が、急にスピードをあげたんです。
必死で走って、家の敷地までたどりついたところ、その車は、私の後を追って、家に住んでいる人しか入らない敷地内にまで入ってきました。
私は、このまま自分の家に逃げ込んだら危険だと思って、とっさに、当時、隣に住んでいた先輩検事の家のインターホンを鳴らして助けを求めました。
本当に幸運なことに、先輩がまだ起きていて、外に出てきてくれたので、私は、敷地内に入ってきた車を指さしながら、必死で状況を説明したところ、その様子を見たのか、車が敷地内でUターンしてものすごいスピードで敷地から走り去っていきました。

先輩検事が、いつのまにかその車のナンバーを記憶してくれていて、その場で警察署に通報してくれました。
後日、そのナンバーから割り出された車の所有者が、今ここで口にすることもおそろしくなるような複数の凶悪犯罪の前科を有する人間であったことが発覚したので、その後、しばらくの間は、警察官から事情聴取を受けたり、周辺のパトロールをして頂いたりといった日々を送りました。
おそろしい思いをした翌日も朝から晩まで取調べの予定や裁判の予定が入っていましたから、もちろん、表面上は、いつもどおり仕事をしましたが、ふとした瞬間に「あのとき車に追いつかれていたら?」「あのとき先輩検事が家にいなかったら?」と想像すると、呼吸ができなくなり、夜もしばらくは全然眠れない日々が続きました。
普段、たくさんの犯罪と向き合う日々を送っていた私は、犯罪被害者のかたを誰よりも理解できていて、検察官として被害者のかたに寄り添った対応ができているという自負がありました。
でも、いざ、自分自身が犯罪被害を身近に感じたとき、被害者のかたの思いなんて、自分は全く想像できていなかったし、寄り添えてもいなかったなと痛感しました。
もっといえば、私は、幸い、相手の顔すら見ることなく被害を免れたにもかかわらず、それでもこんなに日常生活に支障をきたしているのに、これまで私が向き合ってきた被害者のかたは、いったいどんな苦しみの中で日々過ごしているのだろうと思うと、いかにも被害者のかたを理解していたかのように思い込んでいた自分の至らなさに呆然としました。
どうしてこんな話を思い出したかというと、ある報道を見たからです。

先日、池袋暴走事故で妻と幼いご長女を亡くされたご遺族の男性が、厚労省に、被害者休暇制度の義務化を求める要望書を提出したと報じられました。
そして、このニュースに対するネット上のコメントをいくつか見る機会があったのですが、それを読むと、心ないコメントが散見され、驚きました。
でも、よく考えてみると、私が、検察官として日々犯罪と向き合っていたにも関わらず、被害者のかたの苦しみを真に想像などできていなかったのと同じで、犯罪被害者のかたに対する休暇制度という話自体がなぜ出てくるのかという必要性をなかなか実感できないかたもいるのだろうなと思うのです。

犯罪被害に遭ったというそのこと自体による苦しみにとどまらず、被害に遭ったその日から、警察の取調べを受けたり、身体の写真を撮影されたり、被害によっては直ちに病院で医師の診察を受けたりといった対応を迫られることが多くあります。
判明した加害者との間の供述に食い違いがあれば、何度も取調べを受けることもあります。
その過程で、「自分は嘘をついていると思われているのかな」と不安に思ったり、怒りを感じたりすることもあると思います。
供述を裏付ける物を探して提出するよう言われたり、事情を知る人に協力を求めて警察に話をしてもらったりということもあります。
お仕事があるかたは、1日のお仕事を終えてから警察の取調べに応じたり、警察官と現場に行って、当時の状況を再現したり、といった対応に追われることもあります。
被害の実態を明らかにすることは、捜査にとって不可欠であるから仕方ない、そんな言葉で片付けるにはあまりにも過酷な状態となることも多くあります。
そのような体験からあがった被害者のかた、ご遺族のかたの声。
義務化の検討ももちろん、職場においても、まずは、どうして犯罪被害者休暇の義務化という要望が出てくるのか、犯罪被害者のかたが置かれた状況を認識するところからスタートする必要がありそうです。

犯罪被害と一言で言っても、罪種も、経緯も、加害者との関係性もさまざまで、当然、被害を職場に申告すること自体に苦痛を伴うこともあります。
一方、職場の立場からすると、詳しい内容も確認せずに休暇を認めるわけにはいかないということになろうかと思います。
そう考えてくると、被害の内容によっては、休暇の申請自体をためらってしまうケースもありますよね。
言うまでもないことですが、休暇制度を義務化するにあたっては、その制度が被害者のためにちゃんと機能するように、申請手続きが被害者に負担を強いるものとなっていないか、事実確認を要する職場の立場で気を付けるべき点はどのような点かなど運用面において考えるべきことも多いように思います。

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