リーガルエッセイ
公開 2021.01.15 更新 2021.07.18

検察の略式起訴に対し、裁判所は「略式不相当」と判断

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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「略式不相当」

5年前、高校での水泳の授業中、体育教師の指示に基づきプールに飛び込んだ生徒が、プールの底に頭を打ち、首の骨を折り、四肢が麻痺する大けがを負ったという事件が起きました。
指導にあたっていた教師は、業務上過失傷害罪の被疑事実で書類送検され、検察は、捜査の結果、この教師について略式起訴したとのこと。
このたび、この略式起訴に対し、裁判所が、「略式不相当」と判断し、正式な裁判を開くことを決めたと報じられました。

略式起訴というのは、刑事訴訟法で定められた手続きで、正確には、「略式命令の請求」といいます。
略式命令というのは、裁判所が、公判による手続きをせずに、証拠となる書類を検討した上で、罰金または科料を科すという簡易な略式手続きにより科される命令のことです。
略式手続きを利用するには要件があり、たとえば、言い渡される罰金の金額は100万円以下である必要があります。
また、略式手続きになれば、被疑者は、公開の法廷で裁判を受ける権利を失うことになるため、被疑者が、略式手続きによることについて異議がないと意思表明している必要があります。
検察官は、捜査を進め、この被疑者の刑事責任は、100万円以下の罰金刑が相当であると考えるに至った場合、そして、被疑者が事実関係を認めていて、公開の法廷での裁判手続きによらずに、簡易な手続きによって刑の言い渡しがされることに問題がないと考えるときは、最後の取調べのときに、被疑者に対し、「私としては、あなたが今回やったことについては100万円以下の罰金刑が相当だと考えている。そして、その場合、あなたの刑事責任の決め方として、正式な決め方と簡易な決め方とがある。検察官としては、今回の件については簡易な決め方でもよいと考えているが、あなたが、もし、簡易な決め方ではなく、公開の法廷で、裁判官等の前で自分の言い分を説明したいとか、正式な手続きを経て刑事責任を決めてほしいとかいう希望があるなら、正式な決め方、つまり通常の正式裁判を受けることもできる」などとして、各手続きの内容の説明、被疑者が正式裁判を受けることを選ぶことができるということを丁寧に説明します。
これに対し、被疑者が、各手続きの意味を理解した上で、略式手続きを希望する場合は、略式手続きによることに異議がないということを意思表明する書面に署名、押印してもらうことになります。
略式命令の請求をすると、14日以内に、略式命令が発せられます。
証拠書類から被告人の刑事責任が認められ、いくらの罰金刑に処せられるか、ということなどが決まることになるのです。
被告人が、その略式命令に対し、不服があるとして正式裁判の請求をすることもできますが、私が検察官であったときの経験からすると、被告人には(被疑者段階で)、略式手続きとはなにかを丁寧に説明し、略式手続きによることに異議がないかどうか意思確認を慎重にしており、また、その前提として、被告人は、自身が有罪であることを認め、大体の罰金額についても想定しています。
ですので、私が検察官として略式命令の請求をした事件で、いざ略式命令が発せられた後になって、不服があるとして正式裁判の請求がなされたということは1件もありませんでした。

このたび報じられた、裁判所による「略式不相当」という判断は非常にまれです。
たしかに、法律上、裁判所は、その事件が略式命令をすることができないものであり、またはこれをすることが相当でないものであると思料するときは、略式手続きによらず、正式裁判をしなければならないことになっています。
略式命令をすることが相当でない場合としては、たとえば、証拠関係、事実関係が複雑である場合、社会的影響が大きく、公開の法廷で審理されるべきと考えられる場合などが想定されるでしょう。
過去に略式不相当と判断された例としては、大手広告会社が社員に違法な残業をさせていたとして、会社が労働基準法違反の被疑事実に問われた件で、検察官による略式命令の請求を不相当と判断し、正式裁判が開かれることになったということがありました。
今回報じられた事件について、裁判所がいかなる判断で略式不相当としたか、報道からはわかりません。
被告人の刑事責任の重大性を考えたとき、必ずしも罰金刑が処せられるとは断じがたいという判断があったのかもしれませんし、過失の有無、程度を明らかにするためには、公開の法廷での正式な証拠調べ手続きを要するという判断があったのかもしれませんし、過去にも同じようないたましい事故が起きていることにも鑑み、社会に与える影響が大きい事件であるという点も考慮されたのかもしれません。
今後の裁判手続きに注目していきます。

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