リーガルエッセイ
公開 2020.03.27 更新 2021.07.18

医学部不正入試をめぐる訴訟 共通義務確認訴訟判決

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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みなさん、ある大学の医学部医学科の入試で、受験生の属性が女性、浪人生などであった場合、その受験生たちを不利に扱う得点調整が行われていたとの報道があったことはご記憶にありますか?

この件をめぐり、大学を運営する学校法人を被告として裁判が行われていたのですが、3月6日、東京地方裁判所で、判決が言い渡されました。
この裁判は、新しい法律に基づく裁判として注目を集めていました。

今回は、この裁判手続きについて説明します。

被害回復裁判手続き

この裁判は、2016年10月1日にスタートした「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続きの特例に関する法律」という長い名前の法律に基づくものです。

ここで定められているのが、被害回復裁判手続きです。

被害回復裁判手続きとは、内閣総理大臣が認定した「特定適格消費者団体」が、消費者に代わって被害の集団的な回復を求めることができる手続きです。

被害回復裁判手続きは、大きく2つの手続きから成り立っています。

1つ目の手続きは、共通義務確認訴訟です。
この訴訟は、「特定適格消費者団体」が事業者に対し、共通義務確認の訴えを起こすことから始まります。
共通義務というのは、事業者が相当多数の消費者に対して負うべき金銭の支払い義務を言います。
この一段階目の手続きで、事業者の責任を確定させます。

2つ目の手続きは、対象債権の確定手続です。
これは一段階目で確定した事業者の責任に基づいて、今度は、個別の消費者に対して、事業者がいくらの支払義務を負っているかということを確定させる手続きです。

被害回復裁判手続の意味

お金の請求であるなら、わざわざこのような複雑な仕組みを法律で作らなくても、普通の民事裁判を利用して、不利益を被った当時の受験生が、それぞれ、学校法人を被告として、お金を請求する裁判を起こせばよいと思われませんか?

わざわざ法律で新しい裁判の仕組みを作ったことには大きな意味があるのです。

どうしてこのような裁判手続きがとられるかというと、一言でいえば消費者の保護のためです。

民事訴訟の原則的な考え方によると、事業者から被害を受けた消費者は、事業者を、個別に訴えることになります。
しかし、消費者と事業者の間には、情報の質・量・交渉力に格差がありすぎます。
また、訴訟には時間も、費用も、労力もかかりますので、被害がそれほど多額とはいえないときには、個別に裁判手続きをとることが被害の回復の観点から見合わないことが多くあり、消費者は、訴訟提起をあきらめざるを得ない、ということがよくあります。
さらに、裁判をしたある消費者の被害が回復されても、同じようなトラブルがなくなるわけでなく、抜本的な解決がされないともいえます。

そこで、法律は、まず、内閣総理大臣が認定した消費者団体に特別な権限を付与し、その消費者団体が、個別の消費者たちを代表して手続きを遂行することができるようにし、その上で、手続きを二段階に分けたのです。

一段階目の共通義務確認訴訟で事業者の責任を確定させ、二段階目で個別の債権額を確定させるという構造にしたのは、事業者の責任が確定してからであれば、消費者が手続に参加しやすいこと、責任の有無という共通する部分の審理をまとめて行うと審理の効率化が図られることが理由です。

判決の内容紹介

3月6日に言い渡された判決は、一段階目の共通義務確認訴訟の判決です。
判決では、大学を運営する学校法人は、消費者に対して、入学検定料、受験票送料、送金手数料、出願書類郵送料、対象消費者が特定適格消費者団体に支払うべき報酬・費用相当額を支払う義務があることが確認されました。

実は、特定適格消費者団体は、これにとどまらず、受験に要した旅費や宿泊費についても支払い義務の確認を求めていましたが、これについては却下されてしまいました。

判決は、その理由について、旅費や宿泊費は、個々の消費者の個別の事情に相当程度立ち入って審理せざるを得ない面があるといえるから、簡単な手続きで証拠調べを行うことを予定しているこの手続き内で適切、迅速に判断することが困難であることをあげて説明しています。

報道によれば、被告である学校法人は、この判決を受け入れ、控訴しない方針であるとのこと。そうなると、特定適格消費者団体は、次に、一人一人への支払額を決める二段階目の手続きを申し立て、これに伴い、対象となる消費者に手続きへの参加を促すことになります。

消費者保護のための新しい手続きで、今後、いかに個々の消費者の被害回復がはかられていくか、引き続き注目していきます。

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