リーガルエッセイ
公開 2020.10.07 更新 2021.07.18

「殺すつもりはありませんでした」

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、殺人罪で逮捕された被疑者が「殺すつもりはありませんでした」と供述しているという報道を見ました。
生後1か月の子をドアにたたきつけたり、胸やおなかを殴るなどして殺害したという疑いがかけられているところ、被疑者は、暴行の事実は認めつつ、殺意は否定していると報じられていました。
また、全く別の件ですが、同じ市営住宅に住む女性を殺害したとして殺人罪で起訴された被告人が、第1回公判期日で、殺意を否定しているという報道を見ました。
検察官が証拠により証明しようとする事実として読み上げたところによれば、被害者が「やめて」と叫んでいたのに包丁で10回以上突き刺したとのこと。
報道によれば、被告人は、包丁で刺したことは認めつつ、「殺意はなかった」と供述しているとのこと。
いずれも、まだ有罪判決が確定したものではなく、したがって、逮捕される原因となった被疑事実、起訴状に書いてある公訴事実が証拠により認められるかどうかはわかりません。
被疑者、被告人の無罪が推定されている状態です。
そのような件について、証拠を見てもいない私がこれらの件について具体的なコメントをすることはできませんので、これらの件を少し離れ、殺意について考えてみたいと思います。

殺意を否認すれば殺人は認められない?

まず、「殺意」というものが何かというところをお話しすると、「殺してやる」という内心の状態である場合だけでなく、「死んでしまうかもしれない。でも、それでもかまわない」という内心の状態も含みます。
その上で、そのような内心の状態をどうやって明らかにしていくのか。
たしかに、内心の状態は、本来本人にしかわからないはずだから、本人の供述によらざるを得ないのではないかと思うかたもいるかもしれません。
でも、そうだとすると、本人の供述によって殺意が認められたり認められなかったりしてしまう。
殺意が認められる殺人罪と、殺意が認められず暴行で人が亡くなったときに成立し得る傷害致死罪とでは量刑が大きく違います。
本人の供述次第で量刑が重くも軽くもなり得る、それではおかしいですよね。
真実にも近づけないはずです。
実際、殺意の有無が争点となり得る事件の捜査にあたって、被疑者の取調べで殺意に関し、被疑者の自白を獲得することだけに重きを置くということは絶対にありません。
もちろん、被疑者がどのような心理状態にいたのか、丁寧に取り調べを重ね、被疑者自身も正面から向き合っていなかった当時の心理状態をともに探ったり、不合理だと感じられる供述部分を追及して真実を明らかにしようとしたり、ということは通常どおり行います。
でも、それと同時に、客観的ないろいろな要素を総合的に評価していくことこそ大事になってくると私は思っています。
たとえば、被害者の体に残る傷害結果を丁寧に調べます。
解剖にも立ち会い、執刀医の先生に説明していただきながら、ご遺体の状態を丁寧に調べます。

  • 暴行を加えられた部位はどこだったのか?
  • 暴行の強度はどのようなものだったのか?
  • 武器が使われたのか?素手だったのか?使われた武器の攻撃力は?
  • 傷口は何か所くらい残っているのか?

それ以外にも、被疑者と被害者の体格差を調べたり、被疑者の犯行後の行動ははどのようなものだったのか、救命行為の形跡はあるか、被疑者と被害者のもともとの関係はどのようなものだったのかということを、被疑者と被害者の携帯電話履歴、メールのやりとり、関係者の事情聴取などで丁寧に調べていきます。
このような捜査をしていく中で、「この部位を包丁で刺すということは人を死に至らせるような致命的な行為といえるのか?それとも、今回、被害者側の事情が重なって、偶発的に死に至ってしまったという状況なのか?」と判断できない場面に直面することもあります。
そのようなときには、専門家である医師に話を聞きに行き、この点を明らかにするということもあります。

冒頭に挙げた起訴事例で、被告人は、「包丁を差し出したら刺さってしまった」と供述していると報じられています。
もしこのように供述していることが事実であると仮定すると、被害者のかたの体には何か所の傷が残っていて、それぞれ、どの程度の深さの傷か、その傷の大きさ、深さからすると、「差し出したら刺さってしまった」という供述と整合しうるのか、それとも、自ら力を加えて強く包丁を差し出さないと刺さることはないといえるのか、ということを傷の写真や医師の説明などを聞きながら評価していくことになると思います。

冒頭に挙げた逮捕事例は、生後1か月の赤ちゃんが亡くなった事件です。
被疑者は暴行の事実は認めていると報じられています。
生後1か月の赤ちゃんへの暴行。
生後1か月といえば、赤ちゃんにより成長の速さに差は大きくあるものの、ようやく動くものを目で追うことができるようになったり、近くにいる人の表情を認識したり、時々新生児微笑という笑顔にも見えるほほえみを浮かべる瞬間が出てきたり、という時期だと思います。
まだ一人では何もできず、ひたすら周りからの愛情を一身に受けて守られなければならない存在です。
その生後1か月の赤ちゃんに対し殴り蹴り暴行を加えたらどうなるか?
その状態に置かれた人は、普通赤ちゃんに迫る命の危険について、どう認識するか?

今後の捜査、裁判に注目していきます。

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