リーガルエッセイ
公開 2020.09.03 更新 2021.07.18

「取り込み詐欺」とは

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、ある会社にうその取引を持ち掛け、家電製品計1200万円相当を配達させてだましとったとして数名が逮捕されたと報じられました。
また、別の地域でも、ある工具店にうその取引を持ち掛け、発電機など計3000万円相当を配達させてだましとったとして数名が逮捕されたとの報道がありました。
代金後払いの約束で大量の商品を仕入れ、その後代金を支払わないまま、商品を転売するなどして換金し逃げてしまう手口を取り込み詐欺といいます。
報道された事件は、どちらもこの取り込み詐欺の手口によるという点で共通しています。

代金を払わずに逃げるくらいだから、逃げた後で足がつかないように、被害者に素性を明かさないだろうと思いますよね。
素性を明かしていたら、逃げきれず、請求もき続けるでしょうし、警察に被害届を出されてしまったらすぐに捕まってしまうでしょう。
そもそも、素性を明かしたら、新規で取引などしてもらえないかもしれません。
でも、そうすると、「なんでそんな素性もよくわからないような相手との間で大きな取引について代金後払いの契約を結んだりするんだ?」と不思議に思いませんか?
そこは詐欺グループにより巧妙に仕組まれているのです。

まず、いざ支払いをせずに逃げたときに捜査の手が及ばないように、実態のない会社を使って近づいてきます。
たとえば、(法的定義は置いておくとして)長期間活動をしていない休眠会社です。
実態はないけれど、設立してから長期間経過していることもあり、設立されたばかりの会社に比べて設立後の年数に信頼が寄せられることがあります。

また、被害者も、初めての取引先との初めての契約で、いきなり多額の物を代金後払いで売るなどという契約をしないですよね。
詐欺をしようとする側は、自分たちが代金後払いでもきちんと代金を払う取引相手だと信じさせるために小口の取引を何度か重ねます。
そこでは代金を期限前にきっちり支払ってくるのです。
被害者は、「この会社は代金支払いを期限前にしてくれる信用できる会社だ」と思いますよね。
完全に信じ切ったところで、高額、大量な物品を、代金後払いで買うという契約を持ち掛けるのです。

被害に遭わないために

取り込み詐欺の手口を見てくると、被害を防ぐために気を付けるべきポイントが見えてきます。
いろいろありますが、ここではすべての基本となる「相手を知ること」についてお話ししてみます。
会社のHPや商業登記を確認する方法があります。
商業登記には、会社の目的が書かれる欄がありますが、ここに、相互に全然関係ないような事業内容が多く書かれていることがあり、こんなときは注意をする必要があります。
詐欺グループは、いろいろな態様の詐欺に使えるよう、会社の目的を幅広く設定していることが多いのです。
ほかにも、本店所在地がころころ移転している場合、取引の過程で代表者として書かれている人物が一切表に出てきていない場合などは注意する必要があります。
詐欺グループは、過去に行った不正を隠すために本店を移転させ、移転前の登記事項を見えにくくしたり、代表者は、登記簿上の形だけの代表者であることが多いからです。
もちろん、今、多角経営を行っている会社も多いですから、多くの事業が書かれているからといってそのすべてが怪しいということではありませんし、経緯があって本店を移転することはもちろんあることですし、取引の場に代表者が必ずしも出てこないということもあるでしょう。
ただ、「まあ、こういうこともあるだろう」というように、ふと頭に浮かんだ疑問を自分の思考だけで打ち消して進めていくことは危険です。
たとえば、商業登記簿を見て、上に挙げたような特徴が見られたときやHPを見ていてふと疑問が生じたとき、いったん立ち止まって疑問を解消することは大事なことだと思います。
とてもシンプルなことではあるのですが、たとえば、相手と会い、本店を移転した経緯、会社の目的として掲げられている事業ひとつひとつについて納得いくまで話を聞くということだけでも効果はあります。
登記の上では取り繕っていても、つじつまの合う説明を用意しておらず、ぼろが出るかもしれません。

また、相手の会社に実際行ってみるのも有効です。
持ち掛けられている取引に見合うような実態があるのかを目で見て確認するのです。
この点、報道によると、先に挙げた事例では、被害者は、初めての取引先であるため、相手の営業所を訪問したとのこと。
その際、そこでは従業員が忙しそうに働いていて、家電製品も山積みになっていたために、被害者としては、実態のある会社だと信用する1つの要素になったというのです。
この件について、報道以上に捜査や公判に関する情報がないため、事実関係はわかりませんが、「取り込み詐欺の犯人側が、実態があることを装うために活気のある社内の様子を演出することがある」ということを念頭に置いて訪問する必要がありそうですよね。
訪問はアポなしで行うとか、訪問した際も、犯人側が取り繕いやすい部分だけでなく、うそだからこそほころびがでやすいと思われる細部(たとえば、従業員のユニフォームの状態、実際行われている作業の内容、目に付きにくい箇所に置かれている物がその会社の事業内容との関係で違和感がないかなど)を確認することなどが考えられます。

相手を知ることがすべての基本になりますが、それ以外には、取り込み詐欺を行う詐欺グループにはどんな特徴があるか、たとえば、詐欺グループはだまし取った後でそれを換金するのが通常の流れになりますから、換金性の高いものをねらう傾向があるということなどを普段から事件報道などでチェックすることも有効ですね。

そして、相手について調査する過程でふと感じた違和感について、相手に説明を求めたり、説明をもとにさらなる調査をしてもなお払しょくできないのであれば、大きな取引について代金後払いの契約をしないという選択が必要になるかもしれません。
取引には決断のスピードが必要であることはもちろんで、実際の場面ではとても難しいことなのだと思いますが、取り込み詐欺グループの手口をあらかじめ知った上で特に新規の取引にあたっては相手を知るために丁寧な調査を行い、そこで感じた違和感を無視しないことが詐欺被害に遭わないために大事なことだと思います。

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