リーガルエッセイ
公開 2021.01.08 更新 2021.07.18

死刑判決確定で終わった事件について

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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死刑判決確定

神奈川県座間市のアパートで、9人のご遺体が見つかったことで、男性が強盗罪、強制性交等殺人罪などで起訴され裁判になっていましたが、1審で死刑判決が言い渡されました。
弁護人は、これを不服として控訴しましたが、数日後に、本人である被告人が弁護人の控訴を取り下げ、先日、控訴期限を経過しました。
死刑判決は確定です。

弁護人が控訴して、これを被告人が取り下げる。
ほかの報道でも聞いたことがありませんか?
寝屋川中1男女殺人事件でも、言い渡された判決は死刑判決でした。
これに対し、弁護人が控訴。
その控訴を被告人が取り下げました。
そして、のちに、その控訴取り下げが無効であったとの申立てがなされ、控訴取り下げの有効性について高等裁判所の判断に注目が集まりましたよね。

では、今回、座間事件の弁護人は、弁護人のした控訴を被告人が取り下げてしまったのだから、その取り下げの有効性を争い、無効申立をすることもあり得たのに、なぜしなかったのか?
この点、ある報道で、弁護人が、被告人の控訴取り下げ後、被告人本人と接見し、控訴を取り下げたことを後悔していないという意向を確認したから致し方ないとコメントしたと報じられていました。
控訴の取り下げについて無効であると主張して申し立てる手続きについては法律上定められているわけではありません。
過去の裁判例に照らすと、無効といえるかどうかは、被告人が、控訴の取り下げによってどのような法的効果が生じるか、ちゃんとわかってやったことかどうかという点で評価がわかれるようです。
つまり、今回の場合だと、自分が控訴を取り下げたら、1審で言い渡された死刑判決が確定し、自分は、その判決に基づいて死刑執行されるということを認識していたといえるかどうかによって判断されるということ。
死刑判決に対する控訴の取り下げの効果はとてもシンプルだといえそうです。
これまでの捜査、公判における被告人の供述内容に照らしても、このような控訴取り下げの効果を理解できないままに控訴を取り下げたと主張するのは難しそう。
報道からの推測にはなりますが、弁護人としては、被告人が、取り下げによる法的効果をきちんと認識しているか、そして、そのような法的効果を生じさせるような行為をしたことについて一片の後悔もないのかということを慎重に丁寧に確認をしたのだと思います。
その結果、被告人は、きちんとその理解をしたうえで、刑に服する意思を明確にしたのだと思います。そうなると、やはり、その状態で控訴取り下げの無効を主張して申し立てをすることは難しいといえるでしょう。

この事件に関しては、法律に関わる仕事をしていない知人から、「被告人が罪を認めているのに、なんで弁護士は、わざわざ9人も殺害した被告人の意思に反してまで刑を軽くしようとするのか?」と聞かれたことがありました。
この件で、弁護人は、被害者のかたにおいて殺人の承諾があったことを主張され、また、責任能力にも疑いを投げかけていたこと、被告人は、この弁護人の弁護方針に反発し、法廷で、弁護人からの質問には黙秘していたことなども報じられていましたね。
依頼人である被告人が、被害者の承諾はなかったと供述し、罪をすべて認めると言っているのだから、その意に沿うのが弁護人の仕事ではないかというみかたもあるのでしょう。
でも、弁護人には、被告人の権利、利益を擁護するため最善の弁護活動に努める義務があります。
なにが最善の弁護活動かについて被告人と弁護人の意見が一致していれば問題ありません。
でも、被告人の意向と、弁護人が考える「被告人の権利、利益を擁護するため最善の弁護活動」とが食い違うこともあります。
その場合、弁護人は、被告人と丁寧に話し合いを重ね、弁護人の考える最善の弁護活動について理解を求め認識を共通にするよう努めますが、それでも方針が一致しないときに、たとえ被告人の意向と一致しなくても、自分が考える被告人を守るための弁護活動を選択すべき場合があると思います。
特に、その方針の違いが、「どのような事実があったか」という点をめぐるものではなく、ある事実をもとに、その事実を法的にどう評価するか、とか、被告人の責任能力に関する評価とかの点にあるときは、被告人の意向に反しても、専門家として被告人のために最善の弁護活動に努めるべき場面はありうると思います。
今回の事件の弁護人としても、被告人の意向に反してもなお被告人のために最善の弁護活動に努めるべきであると考え、その最善の弁護活動というのが、殺害の承諾に関する主張、責任能力を争うこと等であったのだと思います。

死刑判決の確定ということで裁判は終わりました。
でも、いまだに、ネット上、SNS上では、自殺志願者を募るかのようなサイト、自殺志願者同志が接触するための場を設けるサイトがあるようです。
もちろん、すぐに解決できることではないですが、ただ、今回の事件がなぜ起きたのか、誰かが何かを思いついたとき、それを後押しするような、事件に発展しやすくするような土壌があったといえないか、検証しなければ、この事件は、この事件限りで終わってしまうと思いませんか?
サイトに寄せられているさまざまな声をひとつひとつ見ながら、自分の無力さを感じつつも、もしここに声を寄せた人が、もしかしたら今日自分の元に相談にいらっしゃるお客様かもしれない、もしかしたら自分の身近にいる知人かもしれないという思いを持ってひとりひとりを向き合っていくことが私にできる一歩ではないかと思っています。

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