リーガルエッセイ
公開 2020.09.09 更新 2021.07.18

「何で検事を見るんだよ」 検察側の証人に対し発言

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、ある国会議員が公職選挙法違反の公訴事実で刑事公判期日が開かれました。
そして、その公判期日で行われた検察側の証人の証人尋問の最中、被告人が、証人に対して投げかけた発言がニュースで報じられました。
証人尋問の最中に、被告人が突然発言するなんて、そんなことあるのかと思うかたもいるかもしれません。

「不規則発言」

報道によれば、証人は、検察官からの質問に対し、被告人自身が選挙スタッフへの指示を出していたなどと検察側の主張に沿った証言をしていたとのこと。
証人は、検察官からの質問に対し一通り答えると、今度は、弁護人から反対尋問を受けることになります。
弁護人は、反対尋問で、証人が検察官の質問に応じて答えた証言について、いろいろな角度から質問をしていくことで、証言の信ぴょう性に疑いを投げかけます。
報道によれば、弁護人は、証人に対し、捜査段階で検察官から事情聴取を受けたときの状況について質問をしたとのこと。
そして、証人が、その質問の答えに詰まって検察官の方を見たということなのです。
それに対し、被告人が、「なんで検事を見るんだよ」などと発言したということです。
この状況について、「怒声を飛ばした」「怒鳴った」などと表現している報道もありました。

法廷の証人尋問が行われるシーンは、テレビドラマでも流れるのでイメージがわくと思うのですが、裁判官の目の前にある証言台の位置に証人が来て、その場に置いてある椅子に座りながら証言するのが通常です。
裁判官の前で速記をしたり録音をしたりしている裁判所職員のかたがいるので、声がきちんと伝わるように、また、なにより、証言の証拠価値について判断する裁判官の目をしっかり見ながら証言をするという意図もあり、検察官が、あらかじめ、証人のかたに、「裁判官の方をまっすぐ向いて、裁判官の目を見て証言してください」と事前に伝えることが多いと思います。
だから、この証人のかたも、おそらく、問題となる場面までは、まっすぐ前を向いて質問に答えていたと思うのですよね。

では、報道のように、もし本当に証人のかたが弁護人からの質問に対し、思わず検察官の方を見てしまったとすると、それはどうしてか?
今回の証人のかたがどうだったかということはもちろんわかりません。
でもこういうことはよくあることなので、一般論で想定されることをお話しすると、まず考えられるのは、質問の内容自体が、何を聞かれているのかわかりにくく、「何を聞かれているのか?聞かれていることがわからないが、何と答えたらいいのか?」と証人が困ってしまったという状況が考えられます。

それ以外にも、事前に検察官と打ち合わせをしたときに想定されていなかった質問だったがために、思いがけないことに当惑してしまったという状況も考えられます。

検察官としては、事前に、証人のかたに、尋問中に質問の意味が分からなかったり、何と答えていいかわからなかったりしても、自分にそれを聞くのでなく、毅然と、「質問の意味がわかりません」と発言したり、自分が経験、記憶していることをそのまま端的に証言すればいいですよ、ということは伝えるのが通常です。
とはいえ、普通、法廷で証言することなど初めてで緊張極まった証人が、不安になったり、困惑したりして、唯一頼りにしている検察官に思わず助けを求めようとする心理自体はよくわかりますし、実際にもそのようなことはしばしばあります。

しかし、このような場面に立たされた被告人の立場からすると、こちらも一般論になりますが、「証人が困っているということは攻めどきなのではないか、検察官に助けを求めずに自分で証言させることでこっちに優勢になるのではないか」などという思いになり、思わず、証人に対し、言葉を投げかけてしまう、ということ自体はあり、私自身、検察官として証人尋問をしていた際にも同じような経験があります。

報道によれば、検察官が「不規則発言だ」と言って、これを受けて裁判官が弁護人に注意を促したとのこと。
被告人は、法廷で、発言することはできるのですが、勝手にいつでも自由に発言できるわけではありません。
特に、自分にとって敵対的な立場にある証人に対し、証人尋問の最中にこうした言葉かけをしてしまうと、証人が、萎縮して、以降、自分の本来の記憶や認識に従って証言できなくなるおそれもあります。

裁判官は、法律上、法廷警察権が認められており、法廷の秩序を維持するために相当な処分をすることができますので、検察官としては、裁判官に、この法廷警察権を発動させ、不規則発言をやめさせるよう促すのが通常です。

検察官や弁護士が証人、被告人に裁判手続きのルールを丁寧に説明する重要性

証人尋問の手続は、特に事実関係に争いがある事件において、その裁判のゆくえを決する非常に大事な意味を持つので、法律や規則でいろいろなルールが定められています。
尋問に関わる被告人も、証言台に立つ証人も、普通は、法廷という場所自体に慣れていないし、法律等で定められたルールやそのルールの持つ意味など、知りません。
だからこそ、検察官も弁護人も、この大事な手続が混乱なく、事実を解明するために公正に行われるよう、それぞれの立場で、あらかじめ被告人や証人にルールやそのルールの持つ意味などについて丁寧にお伝えしなければならないと思っています。
今回の報道を目にし、改めて、その重要性を認識しました。

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