リーガルエッセイ
公開 2020.08.05 更新 2021.07.18

あおり運転で懲役16年の判決 – 争点は「未必(みひつ)の故意」、殺意があったかどうか

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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殺意があったかどうか

先日、大型バイクにあおり運転をした末に車でバイクに追突させてバイクの運転手の男性を死亡させたという事実で、殺人罪で起訴されていた男性に関し、最高裁が判決を言い渡しました。
この事件の1、2審の裁判では、殺意があったのかどうかが争点になっていました。
報道によれば、弁護側は、「わざとぶつけたのではない」として殺意がなかったのだから殺人罪は成立しないと主張していたとのこと。
でも、1審も2審も、裁判所は、殺意はあったと認めたのです。
そして、最高裁もこれに不服があるとした被告人側からの上告を棄却しました。
これにより、懲役16年の刑が確定しました。

殺意の有無はどうやって判断するの?

まず、前提として、殺意というと、「殺してやる」というような確定的な殺害の結果を意図して行為に及ぶ姿を想像しませんか?
でも、殺人の故意は、このような確定的な故意を持っている場合ばかりでなく、「こんなことしたら死んでしまうだろう。でも、それでもかまわない」という気持ちをもって、これを乗り超えて犯行に及べば故意があったと認められます。
このような故意を未必の故意と言います。
報道によれば、今回の件では、まさにこの未必の故意が認められたようです。

故意というのは、「~してやろう」「~でもかまわない」などという人の内心にある気持ちの話だから、その真相を探ることなんてできるのか?被告人がどう供述するか次第ではないか?と思いませんか?
でも、今回、被告人は、「わざとぶつけたのではない」と供述していたのに、判決では、故意が認められたように、被告人の供述のみで評価されるわけではないのです。
この点は、以前犯行動機についてとりあげたエッセイでもとりあげたことがあります。
被告人と被害者の関係、犯行に至る一連の経緯、犯行状況、犯行後の言動などをひとつひとつ丁寧に明らかにしながら、こういう事実があるとしたら、この被告人はどのような内心で犯行に至ったのだろうか、ということを事後的に明らかにしていくのです。
評価だけではなく、そもそもの前提となる事実関係についても、証拠をもとに認定していく必要があるので、故意を明らかにすることはとても難しいことです。
私は、この事件に関するこれまでの判決文を確認したものではないので、報道限りでいえば、ということになりますが、殺意が認められた一番の大きな理由となったのは、やはりドライブレコーダーの映像に残された車の運転状況なのだと思います。
被告人が、執ように、クラクションやパッシングを繰り返していたこと、衝突時スピードが時速96キロから97キロくらい出していたことなどの運転状況を見ると、被害者のかたの運転するバイクにあえて車を衝突させ、被害者のかたを死亡させても構わないという気持ちがあったと認められたのだと思います。
記事を読むと、この事件の1審判決では、被告人が、衝突直後に「はい、終わり」と発言したことを取り上げ、このような発言の存在も殺意を認める方向で働いたかのように書いてあるものがありました。
たしかに、衝突直後に「どうしよう」などと発言していたとかパニックに陥っていたというものとは違い、思いがけない結果に焦るような気持ちは現れていないとはいえそうです。
私は、その発言がどのような状況で、どのような口調でなされたものか直接証拠にあたっておらずなんともいえませんが、ただ、この言葉だけではいったいどういう意図で発せられた言葉なのか、ということを客観的に明らかにすることはなかなか難しく、そうであれば、殺意の有無を考えるにあたって、それほど大きく判断の要素にはできないのかなと思いました。
やはり、何よりも衝突に至る運転の状況こそが殺意を認めるかぎとなったのではないかと考えます。

刑が確定したとはいえ、ご遺族のかたにとって、とても納得できる結果だとは思えないですし、なにより、この公判を通じてどのようにして被害者のかたがお亡くなりになったのかという経緯を詳しく知ることがどのような悲しさを伴うものだったのだろうと思います。
運転をする人は、あおり運転によりいたましい事件、そして被害者のかた、ご遺族のかたの無念を今一度思い起こさなければならないと思います。

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