リーガルエッセイ
公開 2020.07.28 更新 2021.07.18

嘱託殺人

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患う女性を、女性から嘱託されて殺害したとして、「医師」2人(うち1人については、医師免許を不正に取得した疑いがあるのではないかという旨も報じられています)が逮捕されたという事件が報じられました。
この報道が、もし、医師でない一般人が、ご病気に苦しむかたからの依頼を受けて薬物を投与して死に至らしめたという内容だったとしたら、それは、疑いようもなく(嘱託)殺人だという認識をみなさん持たれると思うのです。
でも、これを行った者が医師だとなると、「医療行為として認められる範囲だったのではないか」という印象を持たれるかたもいるかもしれません。
過去に、報道などで、医師が正当な医療行為として患者の苦痛を除去するために死に至らしめる行為に及んだときには、その行為の違法性が否定される可能性を指摘したものを見聞きしたことがあるかたもいるかもしれません。

医療行為として刑事責任を問われない要件

たしかに、過去の裁判例で、患者のかたの苦痛を除去する目的で死に至らしめる行為について、刑事責任が否定されるケースがあるとされています。
しかし、刑事責任が否定されると認められるには、とても厳しい要件を満たす必要があります。

  • 1つめに、患者のかたに、耐え難い激しい肉体的痛みがあること。
  • 2つめに、患者のかたに、生命の短縮を承諾する明確な意思表示があること。
  • 3つめに、死が避けられず死期が迫っていること。
  • 4つめに、苦痛の除去、緩和のため容認される医療上の他の手段が尽くされ、他に代替手段がない事態に至っていること。

今回の報道に関しては、詳しい事実関係がわかりませんし、私自身も、病気についての正確な知識も持ち合わせていないため、挙げた要件を果たして満たすのかについてきちんとお話しすることができません。
でも、報道されている限りでは、冒頭でお伝えしたように、今回行為に及んだ「医師」が、お亡くなりになったかたの主治医として継続的に医療行為を施してきたという立場でなく、SNSで知り合い、報酬が授受された上で行為に及んだとのことですので、少なくとも4つめの要件を満たすということは難しいのではないかと思います。

4つめの要件については、裁判例の中で、「末期医療の実際において医師が苦痛か死かの積極的安楽死の選択を迫られるような場面に直面することがあるとしても、そうした場面は唐突に訪れるということはまずなく、末期患者に対してはその苦痛の除去・緩和のために種々な医療手段を講じ、時には間接的安楽死に当たる行為さえ試みるなど手段を尽くすであろうし、そうした様々な手段を尽くしながらなお耐えがたい苦痛を除くことができずに、最終的な方法として積極的安楽死の選択を迫られることになるものと考えられる。積極的安楽死が行われるには、医師により苦痛の除去・緩和のため容認される医療上の他の手段が尽くされ、他に代替手段がない事態に至っていることが必要であるということである。(横浜地判平成7年3月28日)」との説明がなされています。
つまり、苦痛を除去するための行為に及ぶ医師が、苦痛除去等のためのあらゆる医療手段を尽くしてきたものの、それでもなお除去できない苦痛があるという局面に立たされていることを前提としているものと考えられます。
報道されているように、主治医でもなく、患者の治療に携わってきた立場にない、たまたま「医師」という資格を持っていた人物が、依頼を受けて報酬授受の上、死に至らしめる行為に及んだということが事実であれば、この裁判例が4つめの要件を必要とした前提を欠くのではないかと思います。
もちろん、その他の要件についても問題になります。
いずれも、事件後逮捕に至るまでに慎重な捜査がすでになされており、また今後、被疑者らの供述等をもとに、さらに捜査が尽くされるものと思います。

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