リーガルエッセイ
公開 2020.07.08 更新 2021.07.18

承諾殺人罪とは

記事を執筆した弁護士
Authense法律事務所
弁護士 
(第二東京弁護士会)
慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。約6年間にわたり、東京地検、大阪地検、千葉地検、静岡地検などで捜査、公判を数多く担当。検察官退官後は、弁護士にキャリアチェンジ。現在は、刑事事件、離婚等家事事件、一般民事事件を担当するとともに、刑事分野の責任者として指導にあたる。令和2年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
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先日、神奈川内のアパートで男女9人の遺体が見つかった件で、強盗や強盗殺人等の事実で起訴された被告人について、初公判が9月末に行われることが報じられました。
報道によれば、弁護側は、「殺害して所持金を受け取ることについて、それぞれの相手から承諾を得ていた」として承諾殺人罪の成立を主張する方針とのこと。
強盗殺人罪の法定刑は死刑または無期懲役です。
一方、承諾殺人罪といえば、その法定刑は6月以上7年以下の懲役または禁錮です。
どちらになるかによって、法定刑に大きな差があります。
そして、その判断の分かれ目が、被害者の承諾の有無です。
被害者のかたはすでに亡くなっています。
その被害者のかたがたが、当時、被告人が自身を殺害して所持金を受け取るということについて承諾していたかを、今、裁判で明らかにするって、「そんなこと可能なのか?」と思いませんか?
しかも、その判断が、法定刑を大きく変えるのです。

承諾の有無をどうやって判断するのか?

検察官が殺人罪で起訴した事件について、弁護側が、「被害者の承諾があった」と主張することはしばしばあります。
そして、その主張がとおり、承諾殺人罪の成立が認められることもあれば、承諾が認められないこともあります。

すでに亡くなっている被害者が当時殺害されることを承諾していたのかどうかを、今、裁判官や裁判員が判断することは容易なことではありません。
もちろん、被告人の供述だけに頼って判断することはありません。
たとえば、現場の状況や被害者のかたの身体に残った傷の状態などを丹念に調べ、当時、被害者のかたが抵抗した痕跡があるかを確認します。
抵抗の跡があるとしたら、承諾はなかったという評価に結び付くかもしれません。
また、体内にアルコールや睡眠導入剤の成分が残っているかなどということも調べるでしょう。
ほかの状況と合わせてみると、被告人が被害者に内緒でアルコールなどを摂取させ、抵抗を排除して殺害に及んだことを示す事実として浮かび上がるかもしれません。
被害者のかたが、お亡くなりになる前にどのような生活を送っていたか、また、家族や知人らにどのようなことを話していたか、などということも、当時、自分の殺害を承諾するような状況だったといえるのか判断するための大事な材料になります。
もちろん、被告人と被害者とがもともとどのような経緯で知り合い、どれくらいの期間、どのような関係性を築いていたか、ということも、やりとりしたメール等から明らかにする必要があるでしょう。
被告人と被害者との関係性、当時の被害者が置かれていた状況から、被害者が、果たして、被告人により殺害されることを承諾するだろうかということも考えなければいけないと思うからです。

被告人は、具体的に、どういう状況で被害者が何という言葉で殺害等を承諾したか、という供述をすると思いますが、裁判では、その供述が、ほかの証拠と照らして信用できるのか、という判断もしていく必要があります。

本件は、裁判員裁判です。
被害者やご遺族のことを考えても、被告人の立場を考えたとしても、その判断に間違いがあってはいけない。
裁判官と裁判員は、その責任の重さと判断の難しさを感じることになるだろうと思います。
この裁判では、責任能力の有無も争点になると思われます。
今後もこの裁判に注目していきます。

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