2022年2月に刊行された「シン・ニホン」は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」の総合グランプリを受賞する大ベストセラーとなった。慶應義塾大学 環境情報学部教授であり、Zホールディングスでシニアストラテジストを務める著者の安宅和人氏は「日本は伸びしろにあふれている」と語る。政府のコロナ禍対策会議等にも出席し、「ウィズコロナ時代の到来」を初めて提唱した安宅氏に、コロナ禍の3年間を振り返りこれからの日本人はどう生きるべきなのか、話を聞いた。
本末転倒なマスク政策
2020年から始まったコロナ禍の3年間で、日本がいかに非論理的に感情で動いているかが改めて浮き彫りになりました。コロナ禍前からそのような風潮はありましたが、より明確になったと感じています。
たとえばマスクです。2021年の夏、日本にデルタ株が入ってきました。ワクチンを打っていたのはほぼ高齢者と医療関係者のみという状況だったこともあり、20代でも死者が出始め、50代に至っては発症者の25%が肺炎になるという株でした。この値はそれまで70代で出ていた数字でした。なのに、当時の日本人はマスクを外していました。マスクをしている人でもウイルスを防げないウレタンマスクがかなり多かったです。
ところが2022年の夏以降では、ワクチンと感染によってほぼ集団免疫が達成できているのに全員マスクをしています。感染者数が増えているとメディアは騒いでいますが、2月以降、実は急激に重症化率は落ち着いています。感染者数あたりの重症化率を見てみると、2021年の夏には1/150だったものが、年始には1/1500、秋口には1/5000以下に下がりました。第3波のときには1/120でしたから、いかに重症化率が下がっているかがお分かりになると思います。それなのに皆さんマスクをしている。オープンエアではよほど混雑していない限り意味がないのに、屋外でも誰もいなくてもしています。一方、遥かにリスクの高い密な飲食店で食事をするときには外しています。
政治家に呼ばれて会議に出席すると、出席者は全員マスクをしているのに発言するときには外すんです。逆ですよね。本来は発言者だけがしなければならないんです。まったくもって非論理的です。
危ないときにはマスクをせずに出歩いて、していてもウレタンマスク。危なくなくなったらいつもマスクをして、発言者がマスクを外す。この3年間で、この国は空気や論理がファクトよりも遥かに重くてノリで動く危険な体質を持っている、以前からその傾向はありましたが、それが未だに解決していないことが赤裸々になりました。
だからこそ伸びしろに満ちています。国外では当たり前のことを当たり前にやればいいわけですから。すべてをやり尽くしてこんな状態の国なら大変ですが、やるべきことをなにもできていない。伸びしろしか感じません。
コロナ禍以前から根強い日本の宿痾
ファクトを見るときには比較可能な数字の扱い方が大変重要です。たとえば現在でも報じられている「東京都で何人感染した」という数字はほとんど意味がありません。考えるべきは同じ母数で何人なのかという数字です。東京都の人口1400万人をベースに考えれば、毎日1万人くらい感染者が出ても不思議でもなんでもないと感じるのが正しい判断です。
2012年頃からYahoo!でデータに基づくインフルエンザの感染者数予測を行っていました。インフルエンザのピーク時は、1ヵ月で日本全国で500〜1000万人が感染します。東京都だけでも1日に数万から十万人が感染するのがインフルエンザです。これと比べて新型コロナはどうなのか? と考えるのが正しい議論です。
データやファクトよりも空気のほうが重い国民性は昔から見られました。たとえば子宮頸がん(HPV)ワクチンです。本ワクチンは反対世論の高まりを受けて、2013年に一度積極的勧奨が中止されました(2022年4月から再開)。案の定、当該期間にあたる人たちの間で感染も細胞奇形発生率もワクチン導入前のレベルまで戻っています。接種者のHPV感染率は1994〜1999年生まれは0.3%だったのが2000年生まれは2.1%と実に7倍です。便宜上、ここでは子宮頸がんワクチンと言いましたが、ヒトパピローマウイルス(HPV)は子宮頸がんだけを引き起こすのではありません。粘膜に感染するこのHPVは肛門がん、舌ガンを含む中咽頭ガン、陰茎がんの主な原因ウイルスでもあり、本来男女ともにうつべきワクチンです。子宮頸がんは国内では年に約1万人が罹り、約3千人が死亡しています。せっかくワクチンでほぼゼロにできる数少ないガンであるにも関わらず、ファクトに基づかない空気や感情でこのようなことを引き起こしているのです。議論する際に大切なのはムードや雰囲気ではなく、データやファクトです。
安宅和人氏 写真2
開疎を進めた世界と開疎に遅れた日本
ファクトを元にした議論を進めなかった結果、日本は世界から置き去りにされてしまいました。
2022年の夏、ヨーロッパに行ってきました。8日間で1000キロ以上車で走り、電車やバスにもたくさん乗りました。現地の様子をつぶさに見た結果、滞在期間中にマスクをしている人には2回しか出会いませんでした。ひとりは90歳以上と思われる車椅子の男性、ひとりは中国から来ていた観光客でした。
もうひとつ気がついたことは、市街地はもちろんどんな片田舎でも支払いは非接触化されていたということです。電車もバスも駐車場も、どこでも非接触でそもそも現金を入れる穴がありません。非接触で支払う手段がなければ車も停められないのです。クレジットカードの暗証番号入力でさえ嫌がります。カフェやお店でも「PINコードを入れたい」と言ったら怪訝な顔をして「タッチでいいじゃないか」と何度も言われました。
日本に帰ってきて、美容院に行くために代官山の駐車場に停めました。クレジットカードが使えません。丸の内も現金のみの場所が多い。自販機やきっぷを買う場所も現金がメインです。ファッションの最先端である代官山でも、ビジネスの最先端である丸の内でもこの国はマスクをしながら今でもキャッシュなんです。
2020年4月あたりから、私は都市の有り様として「開疎」という概念を提唱しています。人類はこれまで「密閉×密」を前提とした都市で発達してきたわけですが、感染症がいつ発生するかわからない状況下では開放性と非接触性と距離を担保する開疎を目指すべきです。ヨーロッパでは田舎に至るまで進められてきたこの開疎化が日本では東京ですら進みませんでした。
コロナ禍を迎えた日本は論理的ではない行動を繰り返した結果、やるべきことをやれませんでした。また、正しい基準を持たずに行動したために、未だにマスクを外せていません。何のためにやっているかが明確でなく、人がやっているので従っているだけだからです。
改善の余地しかない現代日本
集団の空気やなんとなくのムードがデータやファクトの土台になっている現状は大変危険です。
まずは隗より始めよではありませんが、我々一人ひとりが自分から、自分の所属する組織から変えていく必要があると思います。まずは毎週発生されるデータから現状を自力で判断しつつ、低いときはマスクを外すところから始めてみてはどうでしょう。
新型コロナの現状について正しく状況を理解するためには、新規感染者数と新規重症者数の割合を継続的に見続けることが大切です。インフルの場合、受診者が母数なのでベースが違いますが1/700なので、Covidも重症化率が1/1000を割ったら危険信号かもしれません。2022年12月14日の数字では新規重症者数22人、新規感染者数が約11万人で1/5000なのでまだ安心でしょう。
次の世代の育成も重要な課題です。現在でも「気をつけ、前ならえ」などの先進国の中でもまれに見る軍国主義的な規律が残っています。データに基づいて事実を直視する判断力を育てるということは、教師の言っていることは絶対、校則が無条件に正しいという教育はやめるということです。
現在の日本は21世紀に入っても近代のサイエンスが到来する前とでもいうべき状態です。日本はこんなに適当なのに、それなりに回っているところを見ると、これからどんなに良い国になるんだろうと思っています。
僕はストラテジストですから、組織なり社会なりが中長期的に発展し続けるためにはなにが必要かを考えるのが仕事です。その視点で見たら日本は大いに希望に満ちています。
(2022年12月2日取材・次号に続く)
Profile
安宅 和人 氏
慶應義塾大学環境情報学部教授。Zホールディングス株式会社シニアストラテジスト。
マッキンゼーを経てヤフー。CSOを十年勤めたのち2022年よりZHD(現兼務)。
2016年より慶應義塾SFCで教え、2018年より現職。
データサイエンティスト協会理事・スキル定義委員長。
一般社団法人 残すに値する未来 代表理事。
科学技術及びデータ×AIに関する国の委員会に多く携わる。
東京大学生物化学MS。イェール大学脳神経科学PhD。
著書紹介
- 「シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成」
ニューズピックス刊/2,640円(税込)
現在の世の中の変化をどう見たらいいのか? 日本の現状をどう考えるべきか? 企業はどうしたらいいのか? 膨大なデータとファクトを元に、これからの日本が、日本人が生き残っていくためにはどのような考え方が必要なのかを伝えた大ベストセラー。すでに訪れているAI時代、これからどのような未来が待っているのか、来たるべき未来に向けてどのような準備が必要なのかが分かる。ビジネスマンはもちろん、これからの時代を生きる若者にも広く勧めたい1冊。