2020年4月1日、民法の改正法が施行されました。
この記事は2024年6月に執筆しており、改正法の施行からはすでに4年以上が経過しています。
しかし、この改正では改正点が広範に渡っていたため、まだ対応できていない企業も少なからず存在するようです。
そこで今回は、2020年4月に施行された改正民法によるシステム開発や運用などへの影響について解説します。
自社での取り組みが改正法に対応できているか確認するきっかけとなれば幸甚です。
なお、本記事において、システム開発などを依頼する企業を「委託者」、システム開発などの依頼を受ける企業を「ベンダー」と表記します。
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影響1:自動更新の場合に適用される法律の検討
影響の1つ目は、自動更新条項がある場合に適用される法律の検討が必要となることです。
システムの運用や保守を委託する契約書では、自動更新条項を入れることが少なくありません。
自動更新条項とは、「契約期間満了日の2週間前までに本契約を更新しない旨の書面での意思表示がない限り、本契約を自動的に1年間更新し、その後も同様とする」などの条項です。
この条項があることで、当事者がともに更新を希望する際は、何ら手続きをすることなく自動的に契約が更新されます。
改正前と改正後のいずれが適用されるか明確ではない
改正民法の施行日以前に契約を締結しており、その後改正法の施行日をまたいで契約を自動更新することがあります。
しかし、この場合に改正前の民法とか改正後の民法のいずれが適用されるのか明確ではありません。
改正前後のいずれの民法が適用されるのかが契約書から読み取れない場合は、改正前後のいずれの民法を適用するのかを双方で取り決めたうえで、合意書を交わしておくとよいでしょう。
契約書作成時の対応方法
民法は、今後も改正される可能性があります。
そのような事態に備え、今後自動更新条項のある契約書を新たに締結する際は、今後民法の改正があった場合に改正前後のいずれの法律を適用するかについて、契約書内に明記しておくとよいでしょう。
影響2:報酬請求に関する事項
影響の2つ目は、システム開発に係る報酬請求に関する事項です。
この点は、契約が請負契約である場合と準委任契約である場合に分けて解説します。
なお、請負契約と準委任契約との主な違いは次のとおりです。
請負契約 | 準委任契約 | |
契約の目的 | 仕事の完成 | 事務の処理 |
ベンダーの義務 | 仕事を完成させる義務 | 善管注意義務 |
再委託 | 規定なし | 委任者の許諾を得たときと、やむを得ない事由があるときだけ可能 |
報酬支払時期 | 目的物の引き渡しと同時 | 委任事務の履行後 |
解除 | 完成前はいつでも可能(ただし、損害賠償が必要) | いつでも可能(ただし、相手に不利な時期の解除は損害賠償が必要) |
請負契約の場合
システム開発委託契約が請負契約の場合、報酬の請求は、状況に応じて次の取り扱いとなります。
これら以外の取り扱いをしたい場合は、契約書による修正が必要です。
完成して引き渡す場合
依頼されたシステムを完成させて引き渡す場合、その成果物の引き渡しと同時に対価を請求します(民法633条)。
この点について、改正前後で変更はありません。
委託者の帰責事由により債務不履行となった場合
委託者の帰責事由によってシステム開発が履行不能となった場合についての取り扱いについても、改正によって結論は変わりません(同536条)。
ただし、改正によって法律構成は変更されており、それぞれ次のとおりです。
- 改正前民法:債権者(委託者)の責めに帰すべき事由によって債務を履行(システムを納品)することができなくなったときは、債務者(ベンダー)は、反対給付を受ける権利(報酬請求をする権利)を失わない
- 改正後民法:債権者(委託者)の責めに帰すべき事由によって債務を履行(システムを納品)することができなくなったときは、債権者(委託者)は、反対給付の履行(報酬の支払い)を拒むことができない
後段の主語が入れ替わっているものの、いずれの場合であっても報酬請求できるとの結論となります。
委託者の帰責事由以外の理由で債務不履行となった場合や完成前に解除された場合
改正により、次の場合において請負人(ベンダー)が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者(委託者)が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなし、その利益の割合に応じて報酬を請求できる旨が明文化されました(同634条)。
- 注文者(委託者)の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき
- 請負が仕事の完成前に解除されたとき
改正前はこれらについて明文の規定がなく、判例によって同様の取り扱いがされていました(最高裁昭和56年2月17日判決)。
結論自体は変わらないものの、明文化されたことにより、取り扱いが明確となっています。
システムの開発委託契約では、ベンダーが途中まで開発したシステムを他のベンダーが引き継いで開発することがあります。
この場合などにおいて、その時点までの報酬を請求する根拠となります。
なお、報酬請求をしようとする際は、仕掛品についてどの程度の報酬請求が可能であるかについて争いが生じる可能性があります。
これに備え、進捗状況ごとに請求可能な対価の額をあらかじめ契約書に盛り込むことも検討するとよいでしょう。
準委任契約の場合
準委任契約で準用されている委任契約について、改正民法では「履行割合型」と「成果報酬型」とに分類されることとなりました。
たとえば、1か月あたりの稼働時間を定めてこれに対応する報酬を支払う形態でのシステム開発は、「履行割合型」の準委任契約に該当するものと考えられます。
一方、成果の達成に向けた事務処理の委託は、「成果報酬型」の準委任契約です。
履行割合型の場合
履行割合型の場合における報酬の支払い時期は、原則として委任事務を履行した後です(同656条、同648条2項)。
ただし、次のいずれかの場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができます(同3項)。
- 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき
- 委任が履行の中途で終了したとき
成果報酬型の場合
成果報酬型の場合、報酬は成果の引き渡しと同時に支払います(同648条の2)。
なお、改正により、成果報酬型の準委任契約と請負契約とが酷似することとなりました。
しかし、請負契約が「仕事の完成」という結果を重視するのに対し、成果報酬型の準委任契約では過程を重視している点で異なります。
すなわち、請負契約の場合はベンダーによる過失の有無にかかわらず仕事の完成ができない場合に債務不履行となるのに対し、成果報酬型の準委任契約では、仕事が完成できなかったとしてもベンダーに帰責事由がなければ債務不履行とはならないと考えられます。
影響3:契約不適合に関する事項
民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」へと改められました。
「瑕疵」というあいまいな表現から「契約不適合」へと改められたことで、契約内容に合致しない事項について責任を問える旨が明確となりました。
そのため、改正後はベンダーが負う義務(つまり、何をもって「契約適合」なのか)について、契約書でより明確に定める必要があります。
また、改正前は瑕疵担保責任を追及するには「隠れた瑕疵」の存在が必要であったところ、改正後の契約不適合責任では、問題点が隠れている必要はありません。
契約不適合に関しては、請求内容や起算点、行使期間内にすべき行為なども改められています。
請負契約を前提に、それぞれの改正内容を解説します。
請求内容
改正前の瑕疵担保責任でベンダーに請求できるのは、原則として次の2つだけとされていました。
- 契約の解除
- 損害賠償請求
一方、改正後には救済手段が追加され、次の4つの請求が可能です。
- 契約の解除
- 損害賠償請求
- 履行の追完
- 代金減額請求
これにより、委託者側の救済手段が増えることとなりました。
起算点
改正前民法において、ベンダーに対して契約不適合責任を追及するには、「目的物を引き渡した時」から1年以内の請求が必要でした。
一方、改正後はこの期限が、「注文者がその不適合を知った時」から1年以内へと改められています(同637条)。
最終的には時効(知った時から5年、権利行使できるときから10年)にかかるため永久に請求できるわけではないものの、たとえば引き渡しから3年後に委託者が契約不適合を知った場合は、そこから1年以内に責任を追及される可能性があるわけです。
ベンダーとしては、納品から長期が経過してから契約不適合責任を追及される事態は避けたいことでしょう。
そのため、契約書で契約不適合責任を追及できる期間を制限するなどの対策が必要となります。
行使期間内に要求される行為
改正前民法において瑕疵担保責任を追及するには、「目的物を引き渡した時から1年以内」に、損害賠償請求や契約解除などの具体的な意思表示をする必要がありました。
一方、改正後民法において契約不適合責任を追及する場合、「注文者がその不適合を知った時から1年以内」にすべき行為は、契約に不適合である旨の通知だけです。
改正により、期限内にすべき行為が簡略化され、具体的な請求内容はその後検討することが可能となっています。
影響4:定型約款に関する事項
改正民法により、新たに「定型約款」に関する規定が創設されました。
ここでは、定型約款の概要とシステム開発に関連して定型約款を活用し得る主なシーンを解説します。
定型約款とは
定型約款とは、事業者が顧客などの不特定数の者と同じ内容の契約をする際に用いる、定型的な契約条項です。
次のいずれかの場合には、事業者が準備した定型約款の個別の条項について、合意をしたものとみなされます(同548条の2)。
- 定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき
- 定型約款を準備した事業者が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき
ただし、相手方の権利を制限する条項や相手方の義務を加重する条項であり、相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意しなかったものとみなされます(同2項)。
定型約款の典型例としては、金融機関の普通預金規定や携帯電話ショップで締結する携帯電話の利用契約、電気供給契約における電気供給約款、インターネットサイトの利用規約などが挙げられます。
システム開発で定型約款が活用し得る主なシーン
システム開発では個別的な合意条項が多いため、定型約款を用いることはほとんどないでしょう。
ただし、たとえば次の場面では、定型約款が活用できる可能性があります。
- 市販するPCソフトのライセンス規約
- ECサイトの利用規約
- パッケージソフトウェアの利用規約
システム開発に関する民法改正への対応方法
民法改正に対応するため、システム開発を担うベンダーはどのような対応が必要となるでしょうか?
ここでは、必要となる主な対応を3つ紹介します。
契約条項を見直す
1つ目は、システム開発委託契約の締結時に活用している自社独自の契約書テンプレートがある場合、この条項を見直すことです。
特に、契約不適合責任については直接的な影響が及ぶ可能性があるため、必ず確認してください。
社内マニュアル等を整備し従業員に周知する
2つ目は、社内マニュアル等を整備したうえで従業員に周知することです。
マニュアルの内容が、改正法に対応できていない場合もあるでしょう。
社内マニュアルの内容を確認したうえで改正法に対応する内容へと改訂し、周知してください。
弁護士のサポートを受ける
3つ目は、弁護士のサポートを受けることです。
契約内容や社内マニュアルの内容が改正民法に適用できているか、自社だけですべて確認することは容易ではありません。
また、契約リスクを見落としているおそれもあります。
改正法に未だ対応できていない事業者は、一度弁護士へ相談したうえで、改正後の法令を踏まえた契約書や社内体制の構築などを行っておくとよいでしょう。
まとめ
システム開発プロジェクトなどへの影響という視点から、2020年4月に施行された改正民法についてまとめて解説しました。
中でも、契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)については直接的に影響が生じるおそれがあるため、対応が必須といえます。
契約不適合責任について契約書内で規定がない場合は、改正後民法の規定に従って、納品後数年が経過してから修正などを求められるかもしれません。
改正民法に現時点で対応できていない事業者は、トラブルが起きてから慌てることのないよう、自社で用いている契約書などの再点検が急務といえるでしょう。
自社だけでの対応が難しい場合は、システム開発契約などにくわしい弁護士へご相談ください。
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