公開 2024.05.02Legal Trend

令和6年度 税制改正大綱でストックオプション税制の要件緩和 改正の内容を弁護士がわかりやすく解説

税務

令和6年度税制改正大綱において公表されていた「ストックオプション税制の要件緩和」が、令和6年3月28日に成立しました。

本改正は企業法務、特にベンチャー、スタートアップ企業にとって重要なものとなっています。
本稿ではストックオプション制度の説明をした後、改正の概要と企業が留意すべきポイントについてわかりやすく解説します。

目次
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1.

ストックオプションとは

ストックオプションとは、役員や従業員に対して「将来、ある一定の条件(株価)で株式を取得できる権利」を与えるものです。

一定の条件で株式を取得できるため、将来株価が上がれば、株価が上昇した分、株式を売却することによりキャピタルゲインを得られます。
ストックオプションを付与された人が、企業価値(株価)を上げる努力をすれば、付与された人にメリットとなって返ってきます。

一般的に、ベンチャー企業は大企業と比較して給与や待遇の面で不利な例が多いため、人材獲得の手段としてストックオプションが活用されます。

2.

ストックオプションの仕組み

ストックオプションの条件のうち「1株あたりの取得できる価格」のことを行使価格(Strike Price)と呼びます。

例えば、行使価格が5万円の場合、将来のキャピタルゲインがどう変化するか見てみましょう。

株価(グラフの縦軸)が5万円以下の場合、ストックオプションを行使しても得られる利益はゼロです。将来の株価が行使価格を超えるとその差額だけ利益が出ます。

将来、株価が20万円になればストックオプションを行使して1株5万円で取得し、20万円で売れれば、15万円が利益となります。

SO税制改正

3.

ストックオプション税制

日本の所得税法の原則では「モノやサービスをタダで受け取ったら、受け取った時の時価を所得と考えて課税」されます(所得税法36条)。
ただし、ストックオプションはこの所得税法の例外になっており、権利行使時と株式譲渡時に課税が発生します(所得税法施行令84条)。

さらに「税制適格ストックオプション」という例外が設けられており、特定の要件を満たすストックオプションについては、付与した時も行使した時も非課税で、譲渡した時に初めて課税されます(租税特別措置法29条の2)。

今回の改正では、この税制適格ストックオプションの要件が拡充され、スタートアップにとってストックオプションを活用しやすくなりました。

税制適格ストックオプションの要件

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令和6年度改正前 令和6年度改正後
発行価格 無償 同様
対象者 会社およびその子会社の取締役・執行役・使用人
一定の要件を満たす外部協力者(弁護士や専門エンジニアなど)
会社およびその子会社の取締役・執行役・使用人
一定の要件を満たす外部協力者(弁護士や専門エンジニアなど)ただし、実務経験の廃止や教授等などの追加。
権利行使期間 付与決議日後2年を経過した日から10年を経過する日まで
(設立5年未満の非上場会社は15年を経過する日まで)
同様
権利行使価額 ストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額 ストックオプションに係る契約締結時の時価以上の金額
(発行時の純資産額等を下限とする。)
権利行使限度額 年間の合計額が1,200万円を超えないこと 設立年数や上場・非上場に応じて、1200万円、2400万円、3600万円のいずれかとなる。
譲渡制限 禁止 同様
保管委託 行使後は証券会社または金融機関などによる保管・管理など委託が必要 取得する株式が譲渡制限株式又はストックオプションを発行した会社が該当の譲渡制限株式を管理する場合であれば、委託不要。

4.

改正の背景と概要

国がスタートアップを支援する大きな流れの中で、ストックオプション税制については令和5年、令和6年に改正の動きがありました。おそらくこれからも改正が続いていくと考えられます。

今回改正された主なポイントは下記の3点です。※1

  1. 発行会社自身による株式管理スキームを創設
  2. 年間権利行使価額の限度額を最大で現行の3倍となる3,600万円へ引き上げ
  3. 社外高度人材への付与要件を緩和・認定手続を軽減
ストックオプション税制の拡充(所得税・個人住民税)
出典:経済産業省 経済産業関係 令和6年度税制改正について

1.

発行会社自身による株式管理スキームを創設

非上場の段階で税制適格ストックオプションを行使し、株式に転換した場合、税制の対象となるには証券会社等と契約し、専用の口座を従業員ごとに開設した上で当該株式を保管委託する必要があります。

こうした対応には、金銭コスト・時間・手続負担がかかるとの声がありました。
特にM&Aについては、短期間での権利行使が必要となる場合もあり、スタートアップの円滑なM&AによるEXITを阻害するという見解もあります。

このような状況を踏まえ、譲渡制限株式について、発行会社による株式の管理等がされる場合には、証券会社等による株式の保管委託に代えて発行会社による株式の管理も可能とする改正です。

2.

年間権利行使価額の限度額を最大で現行の3倍となる3,600万円へ引き上げ

ユニコーン企業を目指してスタートアップが大きく成長するためには、レイター期から上場前後の企業価値が高くなった時期にさらなる成長に必要な優秀な人材を採用する必要があります。
このような背景を受けて行われた改正です。

スタートアップの人材獲得力向上のため、一定の株式会社が付与するストックオプションについて年間の権利行使価額の限度額が引き上げられました。

上限2,400万円/年への引上げ:設立5年未満の株式会社が付与するストックオプション

上限3,600万円/年への引上げ:設立5年以上20年未満の株式会社のうち、非上場又は上場後5年未満の上場企業が付与するストックオプション

3.

社外高度人材への付与要件を緩和・認定手続を軽減

従来は取締役など、社内の重要な立場の人たちだけが対象でしたが、令和5年の改正によって会社の業務に深く関わる弁護士や専門エンジニアなどの高度人材にも発行できるようになりました。
今回の改正では、ストックオプション税制の対象となる社外高度人材の範囲が拡充されています。

新たに、非上場企業の役員経験者等を追加し、国家資格保有者等に求めていた3年以上の実務経験の要件を撤廃するなど、対象は拡大されます。

また、計画認定に際して必要な申請書類を簡素化するなど、手続き負担も軽減されます。※1

社外高度人材に対するストックオプション税制の拡充
出典:経済産業省 経済産業関係 令和6年度税制改正について

5.

企業が留意すべきポイント

ストックオプションを活用できる範囲が拡充されたことに伴い、対象や権利行使の金額、限度額などの設計にあたっての選択肢が増えたことになります。

前述したとおり、ストックオプションとは、将来的に株式を取得できる権利を従業員に与えるものです。
発行する株式数に対して、ストックオプションの割合が高すぎると、株式が従業員に分散してしまいます。

従来は発行株式の10%程度をストックオプションの枠として取っておく例がありますが、20%と高めに設定している企業もあります。

ストックオプションを利用しやすくなった一方で、分散を抑制しながら一定程度削減できる適切な割合の設定には留意が必要です。

また、今回の改正に伴い、発行会社自身による株式管理スキームが創設された点は注意すべきです。

自社で株式の管理をすることになった際には、きちんと体制を整備できるかが課題となります。委託を続けるかどうかの判断も必要です。

証券会社に委託するとその分費用がかかりますし、M&Aの際には自社で管理している方が有利になります。
将来のM&Aを見据えて、自社管理を選択するケースもあるかもしれません。

スタートアップ育成5か年計画で「スタートアップがストックオプションを活用する際の課題について整理し、ガイドラインにて明確化を図る」と明記されているように、運用が不明確な扱いにはガイドラインが公表される事も見込まれます。※1

ストックオプションは企業側にとって利用しやすくなる方向で改正が進んでいますが、昨年夏に「信託型ストックオプション」が国税当局から問題視されたように、今後の動向は注視が必要と言えます。

ストックオプションの設計、活用は税務面だけでなく、会社法や金商法、会計などの知識が幅広く求められます。
また、従業員の満足度のためには労務面でのケアも重要です。

制度活用にあたって、税理士、社労士を含め、幅広い専門家との連携が可能な弁護士への相談が理想的です。

Authense法律事務所は、ストックオプションの発行に関して、企業からのご相談を随時受け付けております。

グループ内税理士、社労士との連携により、法律・税務・労務など企業価値向上に向けて全方位でのサポートをご提供します。

ストックオプション制度の活用を検討中の企業経営者・担当者の方は、Authense法律事務所にご相談ください。

※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

参考:磯崎哲也『起業のファイナンス』(日本実業出版社、2010)

記事監修者

Authense法律事務所
弁護士

伊藤 新

(第二東京弁護士会)

第二東京弁護士会所属。大阪市立大学法学部卒業、大阪市立大学法科大学院法曹養成専攻修了(法務博士)。企業法務に注力し、スタートアップや新規事業の立ち上げにおいて法律上何が問題となりうるかの検証・法的アドバイスの提供など、企業 のサポートに精力的に取り組む。また、労働問題(使用者側)も取り扱うほか、不動産法務を軸とした相続案件などにも強い意欲を有する。

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